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カテゴリー「映画・テレビ」の記事

2017年5月 8日 (月)

ムーンライト

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今年のアカデミー賞で、まさかの発表ミスによるどんでん返し、という余計な要素はついたものの、作品賞を獲得した映画を過日、鑑賞しました。

これ、本来はミニシアターから口コミで評判が広がっていくタイプの映画では…
と思いつつも、シネコンの一番大きなスクリーンで、細部までこだわり抜いた映像の美しさを堪能できたことはまさに、オスカーさまの御利益でした!

貧しく治安の悪い地域で、ドラッグ中毒の母親と暮らす少年の成長を追う物語。
あらすじを聞いただけでは心が明るくなるような要素は皆無。

ただ、どぎつい描写で悲惨さを強調することは一切なく、監督や原作者が生まれ育った環境がそのまま舞台になっているというのに糾弾や恨み節にもならず…
静かな視線で、丁寧に主人公の心情に寄り添う、叙情的でロマンティックな映画だったことは想像以上でした。

その心の動きを目の当たりにさせられる主人公というのが、様々な理由から
「泣きすぎて自分が水滴になりそうだ」
なんて言葉が出てくるような過酷な日々を生きているので、こちらの心も否応なしにヒリヒリ痛むのですが…

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3部に分かれた物語のそれぞれで、年齢の違う俳優が主人公シャロンを演じています。心に空洞を抱えて生きざるを得ない人の、目に宿る「哀しみの色」が、3人に見事に共通していて驚嘆しました。

偶然目にした「In Moonlight Black Boys Look Blue」という原作小説のタイトルが私はとても印象に残って、それがこの映画を観たいと思ったきっかけの一つでもありました。
生まれつき備わって自分では変えることが出来ない宿命も、当てられる光によって、違う色で輝くこともあるかもしれない。

何が自分の苦しみなのかさえ理解できない子ども時代から、己一人を頼みに生き抜いていくしかないシャロン。
それでも、人生の大切な節目は必ず、自分以外の誰かとの関わりの中で訪れるのです。

月明りのような静かな、やさしい光明が、彼の心に差し込む終盤。それがまるで自分の心であるかのように、胸がドキドキと高鳴って…
本当に感情が揺さぶられる体験でした。

俳優の演技、映像、音楽、すべてが素晴らしく、鑑賞後かなりの時間が経ってもまだ、余韻のさざなみで頭の中がざわざわ。そういう感想を持った人がたくさんいることでしょう。

この映画はこれからも、私の中で大事な存在であり続けると思います。キツイ状況に直面して自分自身に嫌気がさすような時、きっと観たくなるんじゃないかな、という気がしています。

2017年3月 1日 (水)

メディアとうちの子

春は出会いと別れの季節、そしてテレビ番組の改編期。

日頃お世話になっているNHKのEテレでも、「おかあさんといっしょ」の歌のおにいさんが3月で卒業、というニュースが世の一部をざわつかせていました。

わが家の場合、息子の誕生に際し一冊だけ購入した育児書「0〜4歳わが子の発達に合わせた「語りかけ」育児 (サリー・ウォード)」の影響で、2歳になるまでは極力テレビ・DVDを見せないよう心がけていました。

ネット書店のユーザーレビューで評価が高かったことと、何より文中の豊富な挿し絵カットがとーってもかわいくて、見ていて飽きないということで選んだ本。

コミュニケーション能力を育てる上で、テレビ画面の光と色の刺激は赤ちゃんには強すぎて、音は何も聞いていない(=テレビから言葉は覚えられない)、というこの本の主張に納得したがゆえの「テレビは息子に隠れて見る」日々でした。

でも、それが実現出来たのは、息子が生後2ケ月から2歳半ばまで、日中はずっと保育園でお世話になっていたからこそ。
転居にともない、朝から晩まで子どもと二人きり、家で引っ越しの後始末もしなければいけない…
そんな生活が始まった途端に、あっという間に朝夕のEテレ、きかんしゃトーマスのDVD、タブレットで見るYouTube、そんな諸々が、どっと息子の生活に押し寄せてきたという(笑)

背に腹は代えられない、その言葉の重みを苦々しく噛み締めた次第でございます。

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去年の4月には、映画版のトーマスを観にシネコンデビューも果たしました。
子ども向け映画の上映時には、照明が完全には暗くならなかったり、座面が高くなるシートが貸し出されることなど、引率する立場になって初めて気づいたサービスが色々あります。

今でも、わが家では一応の線引きとして「テレビのリモコンを操作するのは大人だけ」という暗黙のルールが守られているものの、もっと見たい!vsもうおしまい!のバトルになることもしばしば。

私自身が筋金入りのテレビっ子だったので、息子の気持ちは痛いほどわかるだけに悩ましい。

そして、こういうせめぎあいが、やがてはゲーム、ネット、スマホと延々続いていくのか、と思うとげんなりします…

ちなみに、前述の「語りかけ育児」の本は子どもの月齢ごとに順を追って解説が書かれているのですが、満4歳をもって最終章となります。
出産前から読んでいた育児書から息子は今月で卒業となるわけで、しみじみ感慨深いです。

本の中で、赤ちゃんの頃は「じゃまなだけ」とされていたテレビも、成長につれ「こども番組は楽しめますし、ためになります。空想を刺激したり、現実には見られない自然のすばらしさを経験できます」という記述に変わってきました。
(ただし、日に1時間、大人と一緒に、との条件付き。私は当然、守れていない…)

何が正解か、これでよかったのか、どうしてあげるのが最善なのか。
明確な答えなど何も出せないまま、子どもは容赦なく大きくなってしまうのですが(そして絶対に後戻りは出来ないのですが)。

「こどもは生活の中のできごとすべてに対して、あなたの気持ちを感じ取ります。このことを決して忘れないでください。」

という、本の締めくくりに出て来た言葉を心に留めて…
気力も体力も衰えるばかりの自分が、ゆったりと笑顔で息子に向きあえるための道具として、上手にメディアを使いこなせればと、改めて思うこの頃です。

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そして母は、息子が幼稚園に行っている間にファーストデイ割引で「ラ・ラ・ランド」を観たのであった…

アカデミー賞授賞式はLIVEで観ていたのですが、あぁ下馬評通りだったのか、とテレビの前を離れて、数分後に戻ったら画面の中は大混乱!事態が呑み込めず、目を疑いました。

「俺たちに明日はない」のあの名カップルが、お年寄りを責めちゃ気の毒ですよ、みたいな扱いになってしまったのが一番腹立たしいというか、気の毒…

現実の世界で、憎しみや不安、恐怖が勢いを増している中、スクリーンの中ぐらいはこういう感じでいたいよね、という素直な気持ちと、このご時世にこんな青臭い夢物語に酔っていいのか?という自制心。

あの結果をもたらしたアカデミー会員の皆さんの心情って、この二つの間でゆれ動いたのではないかなぁ、と勝手に推察しました。

そして私は、往年の名作映画の数々が二重写しに見えるような、一粒で二度三度おいしいシーンの連続を大いに楽しみ、エマ・ストーンのクライマックスの熱唱と、畳みかけるように一気にラストシーンに収束していく最後の10分余の展開に、もう涙腺が決壊してしまいました。
「夢を見ていた。」というキャッチコピーの秀逸さが、鑑賞後じわじわと実感できて。私も2時間余り、本当に美しく切ない夢に浸らせてもらって、心が潤った実感が(笑)

2016年12月21日 (水)

この世界の片隅に

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息子の冬休み初日、普段よりゆったりした気分で朝ドラを観終わり、画面が「あさイチ」に切り替わったら、能年玲奈改め「のん」ちゃんが出演していてうれしい驚き。
そして、二週間前に観た映画「この世界の片隅に」のことが思い出されて、それだけで何だか目頭が熱くなってしまいました。

すでに多くの観客の心をとらえて、評判が動員につながっていることは興行収入の数字が証明しています。

でも、何がどう素晴らしかったか、を言葉にするのはなかなか難しい…というか、安易に感想文にまとめてしまいたくない。それほど、上映中の客席で私は深く心を動かされていました。

どうぞ、ではなく「どうか」観てください、とがむしゃらに呼びかけたくなるような。

原作はこうの史代の漫画で、太平洋戦争前後の広島を舞台にした映画、というくらいの情報しか持たず、それでも時間をやりくりして映画館で鑑賞したのは、去年広島県に住んでいた時期、ローカルニュースでこの映画の製作過程に密着していたのが記憶に残っていたからです。

クラウドファンディングで資金を集め、地元の方々から丁寧な取材をしていく監督、スタッフ。自分の記憶の中の街並みや当時の暮らしぶりが、アニメの世界に忠実に甦っているのを見つめるお年寄りの感激ぶりが印象的でした。

主演声優ののんさんの演技はもう、あっぱれ、としか言いようのない出来栄え。
魅力的な声と愛らしい表情に生かされた主人公の人生には、史実のとおり大きな出来事もふりかかるのですが、それと同じくらい、こんなにも丁寧に描写されるただの「生活」に見ごたえがあるとは。

食べる、着る、住む、生きていく。一つひとつが、今とはかけ離れた手間や苦労と共にあった時代のことなのに、これまでたくさん観て来たどの映画やドラマの戦争描写より、今の私と地続きの世界であったことなんだ、と感じさせられた作品でした。

お正月映画の新作が公開されると、拡大された上映規模もまた落ち着いてしまうかもしれませんが、出来たらもう一度、大きなタオルハンカチを握りしめて映画館で観たいです。

どうか、世界中の一人でも多くの人が、この映画を見つけてくれますように。

2016年11月 1日 (火)

シン・ゴジラ

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映画の日(ファーストデイ)にちなんで、久しぶりに映画の感想を…
と言っても、それが夏に公開された映画で、劇場で観たのも9月下旬のこと、というのがトホホな感じですが(涙)

怪獣映画もウルトラマンともまったく無縁に生きてきて、エヴァンゲリオンにも興味ゼロだった私には、「シン・ゴジラ」は公開当初、なんの関心もない作品でした。

それが、SNSをはじめとしてジワリジワリと話題になりはじめ…
何が心惹かれたといって、その世間の評判が

「この映画をものすごくオススメしたい、観に行ってほしい、面白さを伝えたい、だけど絶対にネタバレはできない

という、観た人の作品に対する誠実な愛情に支えられているのを感じたからなのです。

とは言え、映画が大ヒットして夏が終わる頃にはさすがに、画像も含めて様々な情報が広がってきたので、決定的なネタバレを目にしてしまう前に…と慌てて夫を誘って観に行ったのでした。

結果、作り手の仕掛けた展開の妙に見事に引きずり込まれて、虚構のストーリー、虚構の怪獣が、自分の今、生きている現実にがっちりと踏み込んで来るのを感じ、何度も鳥肌が立ちました。

もっと早く観に行っていたら、IMAXの映画館を探して絶対にもう一回観たのに~!と後悔…

その半月後、私の誕生日当日。
夫が休暇を取ったので、息子が幼稚園に行っている間にお祝いのランチをご馳走してもらいました。
ランドマークタワー(ロイヤルパークホテル)のスカイラウンジに行ったのですが、磯子~鎌倉方面に面した席に案内されたが最後、延々「あの辺りからこうやって来てあっちに行くんだね…」とゴジラの上陸経路を検証してしまったという(笑)

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この国の表情豊かな風土と切り離せない自然災害。人間の無力さ、世の無常を繰り返し思い知らされている日本人の心のやらかい場所を、ゴジラの雄叫びはこんなにも強く絞めつけるのかと、鑑賞中は何度も目頭が熱くなりました。

津波の映像がトラウマになっている人への注意喚起があった方がいいのでは、と思ったくらい、東日本大震災や原発事故を否応なしに思い起こさせる内容でもあり。
脳裏に甦る、あんなことこんなこと。今も全然終わっていないこと。
長谷川博己演じる主人公が、ゴジラとの最終対決を前に思いを吐露する場面で、5年前、もし違う選択が出来ていたら、別の状況判断が出来ていたら…と考えずにはいられませんでした。

そんな訳で余韻が相当後を引いており、今も時折Youtubeでこの予告編を見直してしまいます。

幼稚園のお母さん達の間でも、子どもが帰宅するまでの間に出来る息抜きとして、一人映画鑑賞を楽しむ人は多い様子。今は「君の名は。」の話題がよく出てきます。

しかし、今日は幼稚園が休園日で映画館どころではなく…たった一日でハロウィンからクリスマスモードにシフトした街並みにビックリしながら、息子のお出かけに付き合っておりました。ファーストデイの恩恵、来月は受けられるかな…

2016年7月 3日 (日)

シネマ歌舞伎 阿弖流為

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去年の夏。私自身は広島在住でとても劇場には足を運べなかったのですが、様々なところから色々な形で、とにかくすごい、本当に良かった…と絶賛の嵐が伝わってきた「歌舞伎NEXT 阿弖流為」。

その評判を耳にした記憶が残っていたところへ、シネマ歌舞伎としてスクリーンで公開されるという朗報が!
早速、歌舞伎好きの先輩をお誘いして鑑賞して来ました。

大和朝廷の蝦夷討伐をモチーフにした物語。
そういえば、子どもの頃読んだ「まんが日本の歴史」で、蝦夷の首領アテルイは勇猛な武人として描かれていたのが未だに印象に残っています。…ってそのレベルの歴史認識ですみません(苦笑)

阿弖流為を市川染五郎、征夷大将軍・坂上田村麻呂を中村勘九郎。阿弖流為と共に朝廷に立ち向かう美女を中村七之助が演じます。

冒頭から、スリルをはらんでスピーディーに展開する物語の世界に引き込まれ、ああ、これでそろそろ終盤か…と思ったところで、やっと途中の休憩だったという(笑)
休憩明けの後半からも、どんでん返しや泣かせる見せ場が一度ならずあって、3時間超の上映時間は隅々まで濃密。
これだけのエネルギーを公演中毎日使い続けるって、役者ってやっぱり人間離れしています。

笑いと興奮と涙の中で「義と大義、大の字がつくだけでとたんに胡散臭くなりやがる」といった、胸に刺さる台詞の数々が強く印象に残りました。

ご一緒した先輩は新橋演舞場の舞台も実際に観ていて、感動が蘇ったとのこと。
映像化にあたり、スローモーションや演者のアップを並べてみせる編集が、演出の意図を強調して効果的だったね、というのが共通の感想でした。

現代語で繰り広げられる芝居に、七五調の台詞や、見得や、附け打ちといった歌舞伎ならではの演出効果が見事にマッチし、観ていて血が沸くようなエンターテインメントに仕上がっていて、「見応え」という言葉はこういう時にこそ相応しい、と思いました。

「演劇の可能性を広げる新たな歌舞伎の誕生」という宣伝文句に偽りなし!スクリーンを通してでも体験できて本当によかったです。

2016年3月 4日 (金)

シネマ歌舞伎「喜撰/棒しばり」

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先月からのインフルエンザ大流行は、息子が一時保育でお世話になっている保育園でも影響を免れず、在園児以外の受け入れを休止するという事態にまでなった時期がありました。

本当はもっと早く映画館に行くつもりだったのが、そんな番狂わせもあってやっと鑑賞できた、シネマ歌舞伎の最新作。
三津五郎ファンの端くれとしては、ぜひとも封切り時に観ておきたかったのです。

舞踊の素養はまるで無い私のような素人も、足のつま先から手の指先まで自由に操っている、三津五郎丈の動きの美しさには惚れ惚れしていました。

「喜撰」は、三津五郎丈が亡くなった際、その衣装が棺に納められたというほど思い入れのある踊り。
熟練の芸と合わせて、後ろに所化役でぞろりと居並ぶ歌舞伎界の御曹司たちを探すのも楽しい演目。
でも私のお目当ては、勘三郎と三津五郎、という盟友の競演、今となればどんなことをしても生の舞台で観ておきたかった…と悔やまれる「棒しばり」でした。

勘三郎丈の葬儀で三津五郎丈が読んだ弔辞でも、この「棒しばり」のことが出ていたのを覚えています。

「二十代から八回も演じた棒しばり。
はじめの頃は、お前たちのようにバタバタやるもんじゃない、春風が吹くようにフワッとした感じでやるものだと、諸先輩から諸注意を受けましたが、お互いに若く、負けたくないという心から、なかなかそのようにできなかった。
それが、お互いに40を超えた七回目の上演のとき、「やっと先輩たちの言っていた境地の入り口に立てた気がするね」と握手をし合ったことを忘れません。
長年の経験を経て、お互いに負けたくないという意識から、君には僕がいる。僕には君がいるという幸せと感謝に生まれ変わった瞬間だったように思います。」

その後、涙で声を震わせながら、肉体の芸術ってつらいね…そのすべてが消えちゃうんだもの。と、この世を去ってしまった友の死を悼んだ三津五郎丈の表情が忘れられません。

今回上映されているのは、2004年の歌舞伎座公演。
たった10年で、世界はなんと変わってしまうことだろう…とため息が出る一方、舞台の上で心の底から楽しんでいた二人の時間はこうして再生出来るのだから、「すべてが消える」わけではないのだとも思いました。

勘三郎丈の二人のお孫さんは、勘太郎・長三郎を襲名して初舞台のお披露目が決まったとか。
それぞれのご長男(勘太郎・巳之助)の棒しばりもすでに上演されており、名コンビがこんなにも早くこの世から去ってしまったことの口惜しさは消えないにせよ、受け継がれる遺伝子を見守る楽しみを味わっていきたいものです。

2015年9月 7日 (月)

シネマモードの8月

転居先の家探しが、諸事情により当初の予定から大幅に遅れてしまい、8月後半は引っ越しに向けて準備を進めたくても動けない、空白の期間でした。

毎朝、保育園に出かける前に息子と観るEテレの「フックブックロー」という音楽人形劇。主題歌の

走っても歩いても 地球のスピードは同じです
あせってものんびりでも ちゃんと明日は来るんです

というフレーズに、何度励まされたことか…
(幸せはいつも後ろから追いついてくるよ、というサビの部分にもグッときます。お気に入りの歌が入ったDVDを買ってしまいました。ほぼ自分用・笑)

そんな訳で、現実逃避も兼ねて、この夏は駅前のミニシアター「シネマモード」に度々足を運びました。
現時点では公開が終わったものばかりですが、どの映画も秀逸で心に残る作品でした。

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アリスのままで

以前のブログでも書きましたが、ジュリアン・ムーアが大好きなのでこのオスカー受賞作を映画館で観られたのはうれしかったです。
アルツハイマーを発症する女性の物語、とわかっていて観る、冒頭の主人公の美しさが切ない。「高い所に登った人ほど落ちた時には痛い」という真理を痛感させられます。
それでも負けっぱなしにはならない、と、衰えゆく脳細胞をかき集めるようにアリスの思いが吐露される場面は、思わず涙が…
患者寄りの視点ゆえきれいにまとめ過ぎ、という意見があるのも納得ですが、主人公の夫の言動、選択には「そーそー、男の人ってそうなのよねー、万国共通!」と膝を打つリアルさがあって、見ものでした。

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サンドラの週末

海外旅行に行って目的地を移動する間、観光地とはまったく趣きの違う、住宅街や工業団地の風景を目にすることがあります。
賑わいとは無縁の殺風景な景色の中に、自分たちと同じ庶民の日常があるのだなぁと思うと、逆に興味をかきたてられますが、この映画が描くのもまさにそんな暮らしの中の週末。
病気休職した主人公が復職するには、同僚の半数以上にボーナスを返上してもらうことが条件。
一人一人を説得して回るなんて、想像しただけで「無理ムリムリムリ…」と私などは尻尾をまいて逃げますが、主人公も同様に「無理ムリムリ…」とメソメソ泣くところから始まるこの映画。
彼女の、希望と絶望を行き来する心の軌跡と、ことの顛末からは目を離せず…ラストには喝采を送りたくなりました。ダルデンヌ兄弟の監督作にハズレなし。

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ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男

ミュージシャンの伝記映画は数々ありますが、JBの場合はキャラクターもパフォーマンスもある意味、人間離れしているので、生身の俳優のそっくりさん演技では追いつかないのでは…と思いながら観ました。
実際、冒頭のシーンの老け作りを目にして「うわ~、キツイ」と感じたのですが…
そんな風に思ってごめんなさい、と反省するほど、チャドウィック・ボーズマンの完コピは入魂の出来。パリ公演シーンでの「ゲロッパ!」には痺れました(ちなみに映画の原題も「Get on up」)…つまりは、忠実に再現すれば誰がやっても極上のエンターテインメントになる、JBの芸の力の凄まじさ、ということでありましょう。
悲惨としか言いようのない差別と貧しさの中の幼少時代、自分で自分を奮い起こす陣太鼓のようにファンクのビートが鳴り響く様には、心が震えました。
ソウルパワーの波動を感じ続ける至福の2時間強。帰宅後、学生時代に買った「Star Time 」(4枚組ベスト盤)を久々に引っ張り出して、即iPodに落としました!

2015年8月 1日 (土)

インサイド・ヘッド

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アニメといって侮れない、大人の心を震わせる良作…という評判を聞いて、近所の映画館へ行って来ました。

ピクサーのアニメをスクリーンで観たのは「モンスターズ・インク」以来?
その時は、サリーの体毛のモフモフ感が細密に表現されていることに驚いたものですが…
今作でも、主要キャラクターが光の粒を集めたような、あるいは絹糸を撚り合わせて編まれたような、不思議な質感で描かれているのが大画面でよくわかりました。

そのキャラクターの正体は、ヨロコビ、カナシミ、イカリ…といった人間の感情。
…ということ以外、ほとんど事前情報のない状態で観たので、上手だなあ〜と思っていた主役の声優が、竹内結子だったとクレジットで知った時はびっくりでした!

感情を擬人化する、という発想の大胆さ。そして、それを涙と笑いの詰まった冒険談にまとめあげる力量には心底、感服いたしました。

一見、ネガティヴ要素にしか見えない感情も、人間にとっては生きる上で不可欠なもの。
そしてもう一つ、人が成長していく過程で、心(頭)の中ではどんなことが起きるのか?というテーマが描かれ、その顛末がもう、泣けて泣けて…(T ^ T)

子どもの頃の楽しかった思い出を振り返るとき、いつの頃からか、チクリと棘が刺さるような切なさが胸をよぎるようになった。
そんな、自分でも意識していなかった大人の階段を種明かししてもらうようで。

思春期の入り口に立って、脳内の感情に大騒動を起こさせる主人公の女の子には、監督自身が娘さんの成長過程を見守ってきた体験も色濃く反映されているそうです。

育ちゆく子どもへの愛情をひしひしと感じると同時に、誰もが、歩んできた人生の一コマ一コマの積み重ねで「自分」というものを作り上げていくんだなぁ…と、そんな当たり前のことが改めて尊く思えた映画でした。

…しかし、本編にたどり着くまでドリカムの歌をフルコーラス聞かされ、短編映画を一本観るというのはなかなかもどかしい体験でありました(;;;´Д`)ゝ

2015年5月27日 (水)

百日紅 

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「Miss Hokusai」というサブタイトルがついたこの映画。原作は、葛飾北斎とその娘・お栄を描いた杉浦日向子の漫画「百日紅」です。

父の傍にいて、背中を追うように浮世絵師の道を選んだお栄。
料理はしない、掃除はしない、ごみが溜まれば引越せばいい…という調子で、創作に打ち込む芸術家父娘の日常はどこまでもむさ苦しい。
その一方で、二人が暮らす江戸の街並みや風俗、四季折々の情景の美しさが、アニメならではの手法でスクリーンいっぱいに広がるのは、とっても爽快でした。

研ぎ澄まされた感覚で物事の本質を捉えなければ、優れた画業は残せないものだろうと思いますが、この父娘もその点、常人離れした鋭さがあり、それゆえにこの世のものでない存在も近しく感じ取ってしまう。
そのあたりの描写も、ぞくぞくするほど面白かったです。

映画版のオリジナルエピソードとして、病弱で、それゆえに父から遠ざけられた盲目の妹とお栄との交流が丁寧に描かれますが、何ら大げさなことは起こらないのに、何度かふっと涙が出そうになりました。

声優は、北斎役に松重豊。「孤独のグルメ」の五郎さんの飄々とした感じとは打って変わって、重厚な台詞回しに男の色気たっぷり。間違っても「メシに合う!」とは言わなさそう(笑)
お栄役の杏は、そのまんま杏。でもよく役柄に合っていました。
(一人、やたら良い声の登場人物がいて、誰だろう…と思っていたら筒井道隆だった)

ジブリ以外のアニメを観るのは何年ぶりか、という感じ。
結髪や着付けの描写に(これは、実際に着物を着たことがあればこんな描写はしないのでは)とケチをつけたくなることころもありました…
が、たった200年前、江戸の人が吸っていたのはこんな感じの空気だったんだな、と、鮮やかに感じ取れた気がしました。

その昔、NHKの「コメディお江戸でござる」という番組があって、前半のコントが終わった頃、杉浦さんの解説の部分だけ見たくてチャンネルを替えていたなぁ…

原作をまたじっくりと読んでみたいです。

いつもの映画館に行った後は、道を渡ってすぐのデパ地下で、余韻に浸りつつドルチェのジェラートを食べるのが恒例。

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倉敷の桃と瀬戸田レモンのダブルで。平成の浮世にも、心おどることは数多くありますね(幸せ)。

2015年5月14日 (木)

イミテーション・ゲーム

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今年度のアカデミー賞で脚色賞を獲得した本作。
脚本家のグレアム・ムーアの感動的な受賞スピーチ。十代の頃の自殺未遂体験を明かした上で、同じような思いをしている子ども達にこの映画を捧げたい…と語った言葉は、ずっと心に残っています。

自分が変わり者でどこにも馴染めないと感じている人達へ。
あなたは変わったままでいい。居場所は必ずあります。
いつかここに立つ日が来たら、そのメッセージを君が次の世代に伝えてください…

英政府の意向で、戦後50年間機密扱いされた、ドイツの暗号機「エニグマ」の解読作戦。
中心的な担い手だった天才数学者、アラン・チューリングの物語を通して、映画に込めた脚本家の思いがひしひしと伝わって来ました。
Stay weired, Stay different.
生まれた時代が違えば、チューリングの人生の色合いは全く変わっていただろうに…

アスペルガー的傾向というのか、言葉を額面どおりにしか理解できず、「推して知る」「空気を読む」能力に欠けた主人公。
凡人が難なくやってのけている他者とのコミュニケーションも、彼にとっては日々、暗号を解き明かすような作業の連続だったのかと思うと、切ない。
そして、史上最も高度と言われたエニグマ・コードの謎に立ち向かったチューリング自身が、秘密を抱えて生きており、それが暴かれたことで破滅を迎えます。

何とも皮肉で、あらすじだけを辿れば哀しいけれど、終盤に出て来る
「あなたが変わっているから、世界は美しい」
という台詞がしみじみと後を引いて、暗いだけの後味ではありませんでした。

内面の品格が雰囲気イケメンを創り上げる、という好例のカンバーバッチさん、ハマり役の熱演(もうちょっと似た顔を探せば?と最初は思った子役も素晴らしい演技だった)。

個人的には、大好きな映画「裏切りのサーカス」に出ているマーク・ストロングが、今作でも凄味のある諜報担当で登場したのが嬉しかったです。
惚れぼれするようなピンストライプのスーツの着こなしを拝ませていただきました。

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今回、この作品を鑑賞したのはシネマモードという映画館。引っ越しの下見に来た折、駅の近くにこの劇場の存在を見つけた時、私がどれだけ狂喜したか(笑)

二つあるスクリーンのうちの一つは、2階席がミニテーブル付きのソファ席になっています。
先月は、荷解き作業が一段落したお祝いに、「6才のボクが、大人になるまで。」を観ました。
邦題は酷いけれど、映画は素晴らしかったです。

自分の人生はひとつ、でも映画を通して、私たちはいくつもの異なる人生の時間を疑似体験できる。
映画館の暗闇で、座り心地の良い椅子に身を沈めながら、改めてその喜びに浸りました。