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カテゴリー「文化・芸術」の記事

2024年9月15日 (日)

国立劇場文楽鑑賞教室

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先週の歌舞伎に続いて、今週も新国立劇場で #夏祭浪花鑑 。今度は小劇場で文楽を。

国立劇場主催の鑑賞教室ですが会場は新国立劇場です…って、まったくいつまでこんなややこしい状況が続くのか。

嘆きつつも、今月の歌舞伎と文楽を両方観る人には「セット割」があり、ありがたく利用いたしました。

中劇場の歌舞伎も色々な工夫、苦心のあとが見られましたが、小劇場の文楽も勝手の違いはあり…まず、いつもなら床本の字幕が舞台に出るのが、スクリーンが設置出来ないのか、必要なら各自スマホアプリでご対応ください、というスタイルになっておりました(あっちゃこっちゃ視線を移す自信がなく利用せず…)。

今までの劇場よりも空間がスタイリッシュな雰囲気で(とにかく壁も床も黒くて暗い)、照明が映える設計を活用する試みでしょうか、現代劇かミュージカルか?というくらいライティングが凝っていました…幕切れにピンスポットを受けてキマる団七は新鮮。個人的には、そんなに光で演出しなくても、人形遣いの技量でどんな感情も存分に表現出来るはず、とも思うのですが、これはこれでかっこよかったです。PARCO劇場の新作文楽を思い出しました。

私が拝見したのはAプロでしたが、人形も床もバランスよく、長町裏の迫力は凄かったです。

推しの紋秀さんがおつぎさんを遣っていて、魚を焼く手元を延々見てしまいました。

以前の同僚がこのところすっかり文楽にハマってくれており、この日も大満足とのことで、案内人として一安心。

後半戦に入った今月の国立劇場公演、歌舞伎も文楽も熱演を大いに楽しませてもらって感謝です。油照りの暑い夏も、芝居の中で伝わる熱さなら最高!

2024年9月 7日 (土)

国立劇場9月歌舞伎公演

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今月は、歌舞伎と文楽で「夏祭浪花鑑 」をW上演するという、何とも心躍る企画が新国立劇場で実現しています。

これまで古典でも新作でも「堅実に脇を固める」、という立ち位置で活躍してきた坂東彦三郎さんが、主役の団七九郎兵衛に大抜擢。兄弟分の一寸徳兵衛を、実弟の坂東亀蔵さんが演じるということで、驚きと同時に膝を打つ、期待高まるキャスティング。

半蔵門の国立劇場が閉まり、仮住まい感のある初台での歌舞伎公演。何とかマイナスをプラスに転換したいと製作陣も苦心しておられるのか、ロビーにフォトスポットがあったり、序幕の舞台は開演前から幕が開いていて撮影可だったり、新しい試みが。SNSでの拡散効果も大いに期待してのことでしょう。確かに、歌舞伎を一度は見てみたいという方には、本当に今月のこの公演はおすすめです。一人でも多くの方に観てほしい!

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今月の主役は、歌舞伎役者の中でも群を抜くイケボの持ち主。登場直後、「へーい…」という受け答えの第一声でもう、低音の魅力が炸裂していて、ああ、これから彦丈の団七が観られるんだ!と期待が高まりました。

男に生まれたからはこうあるべき、という信念を貫く一方で、超人的なヒーローというより、ちょいワルな市井の人。弱さも浅さも併せ持った、観ているこちらと地続き感のある団七。だからこそ、運命の落とし穴に足を取られて、破滅する最後が胸に迫って…

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今回の舞台は、苦心の末か、直角に曲がる花道が客席内を貫き、普段見ない角度で揚幕の向こうに去っていく団七を見送ることになったのですが、もはや生きながら彼岸に行ってしまうようなその背中が忘れられません。

脇を固める面々も堅実で、素顔は似ていると思ったことがないのに、亡父左團次さんに生き写しに見えること度々の市川男女蔵さんにびっくり。そして、このお芝居を色々な座組で観てきた中で、毎度おつぎさんを中村歌女之丞さんが手堅く演じてくださるのが私は嬉しい。団七を襲う悲劇の起点は、すべてこの気の良いおかみさんなのだと思うと怖いのだけど…半分影の世界に生きて、連れ合いの「ワル」の部分にこそ惚れている。天下の法や常識とはズレたルールに身を捧げる、この芝居の世界の人達を、一際リアルに体現する存在だと思うのです。

歌舞伎座のサイズだからこそ実現出来る目眩ましはちょっとこの劇場ではキビシクて、長町裏の殺しの場面、義平次は泥場に沈むというよりどう見ても階段を降りてたし、定式幕が袖でカーテンみたいにまとめられるんだ!と妙なところに気が散ったりもしました。一方で、贅沢に役者さんを近くで感じることが出来て、花道を真正面から観られる席に座ったらどんなにスゴいか。試行錯誤の過程を目撃出来たことは、貴重な経験でした。

いつかまた、彦丈の団七は必ず拝見したいです。

2019年12月18日 (水)

本朝白雪姫譚話

令和元年を締め括る十二月の歌舞伎は、新橋演舞場の「風の谷のナウシカ」以下、国立劇場ではチャップリンの「街の灯」を翻案した「蝙蝠の安さん」の再演、そして歌舞伎座ではグリム童話「白雪姫」を題材にした「本朝白雪姫譚話(ほんちょうしらゆきひめものがたり)」と、多彩な意欲作がかかっていました。

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しかし、満員札止めの演舞場にひきかえ、歌舞伎座はまだまだチケットが取れるらしい…という話を耳にして、急遽予定をやり繰りし、白雪姫に会いに夜の部を観て来ました。

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少し早く到着したので、お隣の文明堂の喫茶室で、歌舞伎座を眺めながらコーヒーフロートで一服。

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花道は見切れちゃうけどせっかくなら近くで見たいよね、と、桟敷の上の三階席を取りました。客席の入りは七、八割という感じで、行列であきらめる事も多い「めでたい焼き」もすんなり購入。

夜の部は、平賀源内が「福内鬼外」というふざけたペンネームで書いた「神霊矢口渡」との二本立て。今月も女形の大役、阿古屋に挑戦している中村梅枝丈が、古式に則った芸を見事に勤めていて素晴らしかったです。

そして、玉三郎サマが演じる十六才の白雪姫がいよいよ登場!
…かと思ったら、このお芝居、ストーリーの主軸は、自らの美貌の衰えや、若く美しい実の娘を受容出来ない母親、野分の前の葛藤と狂気にありました。
野分の前を演じる中村児太郎丈(これまた昼から出ずっぱり)と、鏡の精を演じる海枝丈。近年、玉三郎丈から直々に芸を伝承する立場となった二人が丁寧に表現してみせる女心の妄執…からの、あまりにも清らかで無垢で可愛い白雪姫。

そもそもは俳優祭というイベントで、おふざけ込みで演じられていた歌舞伎版の白雪姫(私がテレビで見た時も、名だたる幹部俳優が七人、小人役で出て笑いを誘っていました)が、贅沢に琴や胡弓を使った音楽や、下女1人1人に至るまで手を抜かない豪華な衣装によって、クリスマスのゴージャスな気分にぴったりの美しいお芝居にブラッシュアップされていました。

七人の妖精を演じる子役さん達が、澄んだ声で歌うのは、なんとオペラ「魔笛」のアリア。ナウシカ歌舞伎で久石譲の映画音楽が流れた時も思いましたが、邦楽器で聞くとまた新鮮で、心に染み渡る音色がいつまでも耳に残ります。

ハイホーハイホー白雪さん、と歌声をリピートしながら、イルミネーションのきらめく街を帰りました。すっかり毎年の恒例になった、師走の玉三郎様との邂逅。来年にも期待です。

2019年12月 9日 (月)

新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」

あの「風の谷のナウシカ」が新作歌舞伎になる。それも、ポピュラーなアニメの方でなく、あの映画とはまったく異なる筋立てで展開される原作漫画の方を、昼夜通しの舞台で完全上演。

この企画を目にした時から、2019年の私の日々はある意味、師走の新橋演舞場を目指して営まれていたといっても過言ではなかった。
それほど、純粋にわくわく期待に胸をはずませておりました。
配役が発表され、ヴィジュアルが公開され、無事にチケットを確保することが出来て、あとは気力体力充分に、この身を劇場に運ぶだけ!と早寝の支度をしていたところへ…
飛び込んできた、ナウシカを演じる尾上菊之助丈の舞台上での怪我、そして夜の部休演のニュース。

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同行者と「明日、私達、どうなるの…?」と固唾をのんで情報を待っていましたが、その日のうちに上演の続行が発表されました。
すでにSNSで話題になっていた引幕のタペストリーを、実際に目にした時の感慨は、そんな経緯もあって本当に、胸に迫って言葉を失うほどのものでした…

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ただでさえギリギリまで初上演の演出を模索していたのが、アクシデントによる変更でどれほどの修正を余儀なくされたことか。
メーヴェの宙乗りをはじめ、見られなかった演出があった観客の私達以上に、何倍も何十倍も、「見せられたはずのものを見せられなくなった」舞台の上の人達の口惜しさを思い…
…それでも、この幕を開けてくれてありがとう、腐海へ連れてきてくれてありがとう、と、心からの感謝で拍手を送りました。

昼の部、幕開けの口上で、この日昼夜通して獅子奮迅の尾上右近丈が、アクシデントによる演出変更を詫びたのち、「役者は皆、命がけで舞台を勤めます」と客席を見わたした時の眼光の凄まじい強さ。
鬼気迫る緊張感の膜の中で火花の熱が散るような、名場面の数々と共に、ずっと忘れられないと思います。

公演が始まる前の菊之助丈のコメントに「試行錯誤の連続ではありましたが、古典の力を信じ、精一杯勤めます」という一文がありました。
私がゆるぎなくこの試みを待ちわびていたのも、まさに歌舞伎の力を信じていたからで、その信頼はまったく裏切られることがなかったどころか、想像をはるかに上回る豊かな時間を過させてもらいました。

壮大な異世界の表現に「こんなことも出来ます、こんな方法もあります…昔からね」と、いくつも抽斗を開けてみせられる、その底力に心地よく翻弄されて、この芝居の誕生の目撃者となれたわが身の幸せを嚙みしめました。

多くの人が言及していることですが、再演はもちろんのこと、仮名手本忠臣蔵がそうであるように、一場だけでも繰り返し上演される息の長い古典になっていってほしいです。宮崎駿が描いた「人間の度し難さ」は、時代が進んでも(悲しいことに)不変だと思うから。その場限り消えていく肉体の芸術に賭ける、歌舞伎役者の情熱も。

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夢だけど夢じゃなかった、証拠の品々は宝物。まだ販売が始まっていなかったブロマイドは、私の一週間後に観劇した夫に頼んで購入してもらいました。

2019年12月 1日 (日)

皇居乾通りと大嘗宮

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伊勢から仕事で訪れた従妹のリクエストで、「令和元年秋季皇居乾通り一般公開」ならびに「大嘗宮一般参観」に足を運んで参りました。

東京駅丸ノ内口から皇居を目指すと、まずは鮮やかに色づいた銀杏並木が目に入ります。

ぐるりと迂回して、坂下門に設けられた入場口で手荷物検査を受け、蓮池濠を横目に乾通りを歩きます。

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太田道灌が手がけた「道灌濠」をはじめ、石垣も門長屋も、皇居、というよりは「江戸城に私は今、立っている!」というタイムトラベル感にゾクゾクと興奮しました。
整い過ぎていない、付け焼き刃ではない自然の中で、空気も一味違うよう。歩いている間ずっと、様々な鳥の鳴き声が聞こえていたのが印象的で、本当に心地よかったです。

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例年の乾通りの一般公開は、まっすぐ乾門まで歩いてそのまま退出する形をとるようですが、途中、お堀にかかった橋を渡って本丸の方へ歩くと、過日、天皇陛下が大嘗祭で儀式を執り行われた大嘗宮が見えてきました。

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つわぶきの花が咲き乱れる林を抜けると、江戸時代に使われていたという石室(大奥のすぐそばにあり、氷室の役割を果たしていた模様)が突然現れ、ビックリ。

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主貴殿の側から真横に眺める大嘗宮。2週間前のテレビの映像を思い出しつつ、あのあたりを歩いていらしたのかしら…と、目をこらしました。

ここまで挙げた写真、あえて人影の写り込んでいないものを選びましたが、実際のところは…

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忍び寄るゾ〇ビのごとく、スマホを掲げる大勢の人々の影が地面に…

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駅から皇居前広場を通って現地に至るまで、ずっと大勢の人いきれの中を歩いて過しましたが、手荷物検査の時を含め、立ち止まって行列について待たされる、というような所は大嘗宮のほんの手前のあたりだけだったので、見るものすべて珍しい…という中、ストレスもなくあっという間の時間でした。

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これまで、お出かけ先として選択肢に入れたことのなかった皇居ですが、二の丸庭園や三の丸尚蔵館など、東御苑のエリアにももっとゆっくり見て回りたい場所がたくさんあることがわかり、四季折々の姿を楽しんでみたい、と思った令和の晩秋でした。

2019年10月20日 (日)

御即位記念特別展 正倉院の世界

令和の世を迎え、天皇陛下の御即位を記念する特別展が東京国立博物館で開催されています。「正倉院の世界-皇室がまもり伝えた美」。

本場(?)の奈良国立博物館も、もうすぐ年に一度の正倉院展で賑わう季節。三重県に住んでいた頃は夫と三回、足を運びました。(当時のブログを読むと、そうだったそうだった、と思いだすこと色々…もはやブログは世間への発信というより、未来の自分へ渡す備忘録になっている私)

今回、東京で展示された正倉院宝物は、そんな訳で「また会えましたね…」というものが多かったのですが、同時に法隆寺献納宝物(戦後法隆寺から皇室に献納され、現在は国が管理している)も併せて公開されて、トーハクならではの内容になっていました。

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特別展の会場は平成館。この後令和館が作られることはあるのだろうか?

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原寸大の正倉院宝庫が再現されているコーナーもあり、撮影可能となっていました。天皇の「勅封」が、年に一度扉を開ける際にどのように開封されるのか、実際の映像が併せて紹介されていたので、こちらも何か緊張感と共にモニターを見守ってしまいました。

今回の目玉展示、「螺鈿紫檀五弦琵琶」の模造に挑戦した過程もドキュメンタリー映像が流れていて、ああ、紫檀の木をこんなに…ヤコウガイをこんな風に…ここは玳瑁(タイマイ)の甲羅なのね…と、何度も繰り返し見てしまい、もはや自分でも琵琶が作れそうだと錯覚するほど(笑)

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複製を作るのも大変な労力だし、まして世界に一つの宝物を守り続ける努力といったら、関わる方々の努力に頭が下がります。

Eテレの番組「びじゅチューン!」で、この螺鈿紫檀五弦琵琶をテーマにした「転校しないで五弦琵琶」という歌が大好きな息子。時空を超えて、実物を間近に見られるのがどれほど奇跡的なことか、どんなに説明しても実感できたかアヤシイですが、どこか記憶の底に残っていてくれたらよいなと願います。

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秋晴れの空とは縁遠い今年の10月。上野公園でのんびりするには少し肌寒く、早々に帰宅して、夜はラグビーワールドカップ、日本vs南アフリカ戦をテレビの前で応援しました。
ベスト4への挑戦はあえなく破れましたが(南ア、素人目にもグループリーグの対戦相手とは次元の違う強さだった…)選手の皆さんが試合後、本当に充実したよい表情をされていて、その清々しさが印象的でした。

2019年9月 7日 (土)

高畑勲展 ―日本のアニメーションに遺したもの

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NHKの朝ドラ100作目「なつぞら」は、日本のアニメーションの黎明期に、レジェンドたちと共に仕事をした奥山玲子さんの半生がモチーフになっていました。

生み出す作品の魅力はもちろんですが…かつてスタジオジブリは(設立前の過程も含めて)、才能も個性も際立つクリエイターの群像劇の舞台として、考察して興味が尽きない対象でした。
あの人をこんな感じでこの俳優が演じるのか、あの逸話はここにこう持ってきたか!…と、ドラマそのものより、翻案の過程を楽しんでいたような半年。
アニメ関連の考証や製作に携わったのも、高畑・宮崎両氏の制作に深く関わった豪華メンバーで、事あるごとに「ぜ、贅沢!!」と唸っておりました。

そんな中。没後約1年、高畑勲監督の大規模な回顧展が開催されることを知って以来、会場に足を運ぶのを心待ちにしていました。
夏には、高畑・宮崎両監督を卓越した作画技術で支え続けた、近藤喜文さんの回顧展を三重県総合博物館にて鑑賞。

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世界名作劇場の枠の中でも一番好きな「赤毛のアン」のキャラクターデザインをしたのが近藤さん。オープニングの最後に出て来た、小鳥を手に乗せるアンの横顔の原画が見られて大感動!
三善晃作曲の、子ども相手に容赦はしないゴージャスなテーマ音楽に、「なんだか大人っぽい世界がここにある」と胸をときめかせていた、日曜日の夜の気持ちが甦りました。

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ご自身の監督としては「耳をすませば」ただ一作を遺して亡くなられた近藤さん。映画の中の街並みが撮影コーナーになっていました。

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さて、話は竹橋の東京国立近代美術館へ戻って。

「高畑勲展」会場に入ると、遺作となった「かぐや姫の物語」のパネル展示が目に入り、最晩年から年代をさかのぼっていく逆順の年表が目に入りました。

現実に起こったエピソードが凄まじすぎて、朝ドラ枠の「なつぞら」ではとてもじゃないけど、事実に忠実には描けなかったんだろうなあ…と思いながら視聴していましたが(モデルの奥山さんの産後復帰の闘いとか、ドラマでやったら逆にウソっぽいと言われそうな逆境)。
やっぱり「実録・東映動画労組」とか、がっつりドラマ化して後世に伝えてほしい気がする…

50年前に生まれた夫と私が物心つくはるか以前から、積み重ねられた偉大なキャリア。
運命が結んだ絆、としか言いようのない、日本アニメの神々たちの描いた絵、文字、そして実際のアニメーション画像…洪水のような情報量で、なんと4時間近くを鑑賞に費やしてしまいました。

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「アルプスの少女ハイジ」の、おんじの小屋と周辺の村が再現されたジオラマ。アルムのもみの木に囲まれて、ハイジとペーターはこんな急勾配を行ったり来たり駆けまわっていたんだなあ…

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ラクレットチーズを溶かしてパンに乗せたい!おじいさんと暮らした小屋の中も、こんな風に再現。モフモフのヨーゼフの背に埋もれたい誘惑にかられます。

「絵が生きているように動く」、当たり前のように目にしていたその事が、一つひとつ非凡な才能によって見出された技術によって生まれていたことを再確認した展覧会でした。
自覚できないほど深いところで、子どもの頃に本気で楽しませてもらった経験が、つまづいた時の自分を支えてくれることがある。
円が閉じるように再び「かぐや姫の物語」のラストシーンを再現して終わる会場を出ながら、胸に浮ぶ思いは「感謝」の一言でした。

そしてもう一点、とにかく心に残ったのが、1枚1枚の絵と同じくらいの熱量を伝えてくる、手で書かれた文字の迫力。
昭和40年代、心に思い描く理想、仲間と共有するアイデア、課題を形にするための試行錯誤…何もかもが、紙の上にペンを走らせて、一人ひとり違う字の形で残されている。

製作の遅れや予算超過に関し懲戒をちらつかせる、東映動画上層部からの念書さえ手書きに捺印(だからこそ何とも言えず怖い、そして高畑さんはどんな思いでこれを保管しておられたのか)。

はたらく「人間」の体温を、何十年もの歳月が流れたあとでも感じ取ることが出来る時代は、もう訪れることはないのかもしれない…そんなことも考えさせられました。

2019年8月24日 (土)

八月納涼歌舞伎 新版雪之丞変化

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夫が息子と出かけてくれることになったのを幸い、久しぶりに歌舞伎座の一幕見席で、納涼歌舞伎を鑑賞することが出来ました。

三部制の今月、どの部も幕見が大人気とのうわさで、発売の一時間前には列についたのですが、私の後3人目の方で係の方から「お立見です」との宣告が…

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ギリギリセーフで無事に整理券とチケットを入手し、地下の木挽町広場でコーヒーフロート。黒糖アイスが並んだの後の体に染み渡りました。

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幕間のおやつは、歌舞伎座の「ほうおう」特製のフルーツサンド。夕食代りにも十分は食べ応えでした。

玉三郎、中車、そして今月は朝から三部共出ずっぱりの七之助、メインの役者はこの三名のみで上演された「新版 雪之丞変化」。

幕開けの劇中劇で、いきなり今月の一部で上演している「伽羅先代萩」の場面が演じられることに始まり、「先輩役者」役の七之助が「駆け出し役者」役の玉三郎を指導しながら、あれやこれや女形の名場面をなぞってみせるくだりでは、客席もニヤニヤ、クスクス。
花道から楽屋への実況生中継もある、斬新な映像とのコラボレーションは、4階の幕見席からはスクリーンが見切れてしまって満喫することは出来なかったのですが、現実の歌舞伎座と舞台の世界が交錯する、かなり斬新な試み。

長年の玉三郎ファンとしては、シャンソンを歌おうが何をしようが、どうぞお好きになさってくださいという思いしかないので、今回の様々な趣向も本当に楽しませてもらいました。

そして何より、親の仇討という本懐を遂げたその先に、自分はどう生きていけばよいのか、と迷った末の雪之丞が、女形役者としての道を究めてお客様に楽しんでいただこう、一筋の道を花の散るまで…と決意を吐露する場面では、お役を超越した心情の吐露を感じてじんとしました。

華やかな、ひたすら華やかな「元禄花見踊」で締めくくられた舞台、真夏の夜の夢と呼ぶにふさわしいひとときを過ごさせてもらいました。

2019年7月27日 (土)

氷艶ー月光かりの如くー

一昨年、歌舞伎とアイスショーのコラボレーションを見事なエンターテインメントに仕上げてみせた「氷艶2007 破沙羅」。(鑑賞時のブログはこちら)。

事前の予想を遥かに上回る濃密な内容は、時を経た今も忘れられず…
第二弾の制作が発表された時から、開催を心待ちにしていました。

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会場が横浜アリーナだったため、みなとみらいや横浜駅周辺の商業施設ではキャストの等身大パネルが飾られたりして、開演日が近づくにつれ気分が盛り上がっていました。

今度は、宮本亜門演出のミュージカル?題材は源氏物語?どうなることやらまったく想像がつかず。
座長格となる髙橋大輔さんの「自分は光源氏をやるには色々濃すぎると思う」という記者会見での発言に、確かにそうだ…と深くうなづき(笑)
前回も、客席に座る前は何が何やらよくわかっていなかったのだから、そして終演時には「これを観ない選択肢はあり得なかった!」という気持ちになっていたのだから…と、期待だけ心に詰め込んで、横浜アリーナに向かいました。

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前回の氷艶は、歌舞伎役者の皆さんが本当にスケートを頑張ってる、という点にとにかく胸打たれたのですが、今回は何と言ってもスケーターが、本業以外のところでがんばっている点にビックリ。
台詞を言う、演技をする、そして歌う!
特に出ずっぱりだった光源氏の大ちゃん、私の眼は贔屓のひき倒しで曇りまくっているので正常な判断ではないことを自覚しつつも、思いのほかちゃんと出来てた…と、感動するより安堵が先に立つファン心理(笑)

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平安貴族の雅な世界を描いているはずなのに、何度も何度も剣をふり回す立ち回りが見せ場になっている時点でもう、トンでも源氏物語、というのは明らかで、細かいツッコミはなしね、という感じ。
それでも、あのステファン・ランビエール様が烏帽子に装束で現れただけで「リアル"あさきゆめみし"」!とうっとりだったし、スケートリンクでしか表現できないプロジェクションマッピングの妙(特に歌合せの場面の、筆文字とスケートの織りなす表現の美しさは忘れられない)など、「氷艶」ならではの世界を堪能しました。

ミュージカルは基本的に、「ストーリー」を描かなければいけない以上、起承転結が必要で、そもそもあらすじなど無視で、見せ場と見せ場が排気でくっついてしまう歌舞伎とは大きく違う。
どちらがアイスショーの性質にあっているかといえば、個人的には後者かな、と思ったのも事実です。

主役を張る大ちゃんの持ち味は、圧倒的に「陽」よりは「陰」のテイストだから、クライマックスは彼の「慟哭の舞」であって当然だし、流石のスケーティングで目頭が熱くなりました。
ただ、そこへ持っていくがために、終演後「…そう言えば、誰1人幸せにならないお話だったよね…」と気づく羽目に(笑)

観客席の私は十二分に幸せでしたよ!後日、浅田真央ちゃんも同じ日に観劇していたことがわかって興奮を新たにしました!
(9月1日、正午からBS日テレで放映されます)

2019年6月 4日 (火)

クリムト展

2019年の春、東京はちょっとしたクリムト祭り。都内で三つの関連する美術展が開催される中、最も画家本人の作品を中心に取り上げている「クリムト展ーウィーンと日本1900」を、上野の東京都美術館で鑑賞してきました。

没後100年を記念した展覧会で、初期の作品から、代表作を数々生んだ「黄金様式」の時代まで、油絵、素描の数々が展示されていました。コレクションしていた日本の古美術品や、ウィーンの分離派会館の壁画「ベートーヴェン・フリーズ」の複製の展示も。

過去最大級!と大々的に宣伝されていましたが、展示作品の数は都美術館の規模に見合った程よいボリュームで、朝からじっくりとまわって(幸い、混雑もそれほどでもなかった)お昼前には鑑賞を終えるという、中年の足腰に優しい(笑)内容でした。
初期の写実的な肖像画がハッとするほど魅力的だったり、一本の線が迷いなく決まっていて、この人本当に絵が上手なんだな…と当たり前のことを思い知らされるデッサンの数々も、見応えがありました。

 この物語を映画化した、ヘレン・ミレンの映画「黄金のアデーレ 名画の帰還」も、良かったなぁ…

ウィーンを訪れた際、ベルヴェデーレ宮殿のオーストリア・ギャラリーで、「接吻」や「ユディトⅠ」が飾られたクリムトの部屋に足を踏み入れた瞬間の、「わぁ…」とため息まじりの歓声が小さく漏れてしまったあの感動は、十数年を経た今でも忘れられない記憶です。

点描の筆運びの立体感と入り混じって、黄金のきらめきが、色彩のうねりが、空気まで輝かせている…という驚きは、実物の作品と対面したからこそのもので、冬のウィーンの思い出も甦りました。
わざわざ飛行機に乗って観にいかなくても、向こうから近くに来てくれる、東京の有難さを思った次第。

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最近はどこの展覧会でもお約束になった感がある、会場外の撮影コーナー。「女の三世代」を背景に、自分が箔細工のフレームに入って記念撮影が出来るという趣向ですが、ちょっとやってみる勇気が出なかったです…

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ランチは東京文化会館の2階にある精養軒に行きました。
ハンバーグもミックスフライも美味しそうだったけれど、悩んだ末に、精養軒がオリジナルで発明した洋食(?)「チャップスイ」を選択。ざっくり言えばコンソメベースの中華丼、という感じで、文明開化の味がする気もする(美味しかったです)。

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デザートはいちごのモンブラン。場所柄か、お皿が五線譜や音符をあしらったとても美しい絵柄でした。

この日、一緒に出かけた同級生とは半年ぶりの再会。お皿が空になった後も近況報告が止まらず、気づけばクリムト展の2倍以上の時間を精養軒で過していたという(笑)

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