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カテゴリー「文化・芸術」の記事

2019年2月19日 (火)

二月大歌舞伎と大人のいちご狩り

お友達と十二月の阿古屋以来の歌舞伎座へ、幕見席で夜の部の観劇を楽しんできました。

当日販売しかない幕見席のチケットが売り出される時間まで、大手町のアマン東京にある「カフェbyアマン」でティータイムを過ごしました。
丸の内のビル街の中というのを忘れそうになる、緑に囲まれた空間。隠れ家感があり過ぎて、中に入るのに迷いに迷ったのは内緒(笑)

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季節限定「苺づくしのフォレデセール」。
タルトやミルフィーユなど一口サイズのケーキ類に、ミックスベリーのスープや、メレンゲやアイスののったコンポート、キャラメルをディップしていただく苺など、飾り棚のような独特なトレイに赤が映えるセッティング。
ラグジュアリーな「大人のいちご狩り」という感じでございます。

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さらに、選べるクレープがついています。「旬のいちごのクレープ」を選んだら、なんとクレープ生地にいちごが練り込まれて、バラの花の形になって出てきたのは嬉しい驚きでした。
見るなり「ローストビーフかと思った…」と口走ってしまったのは、これも内緒(笑)

あいにくの空模様と冷え込みで、歩いて移動するのはあきらめ丸の内線で銀座へ。
天候のせいか、拍子抜けするほど幕見席のチケット売り場は人が少なくて、難なく二部と三部のチケットを購入することが出来ました。

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開演までの時間を、B1Fの木挽町広場をぶらぶら見てまわって過ごしました。年末はクリスマスツリーが飾ってあった場所には、立派な七段飾りの雛人形が。

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当月の企画として、楽屋の化粧前が再現され、実際に座って写真撮影することも自由…というコーナーが出来ていました。

開場時間に合わせて4階ロビーへ移動、整理番号順に客席へ。舞台中央の前列、見やすい席で鑑賞したのは、長唄舞踊の「當年祝春駒」と「名月八幡祭」。

今月は、故・尾上辰之助丈の三十三回忌追善ということで、孫にあたる尾上左近君が舞踊では見事に曽我五郎を表現していました。

そして「名月八幡祭」では、三十数年前に辰之助とこの演目で共演した仁左衛門サマ玉三郎サマの人間国宝カップルが、時を経て息子の尾上松緑丈と演じるというのが見どころ。

お話自体は、越後から江戸に出てきた真面目なちりめん屋の行商人が、深川芸者に惚れてしまったがゆえに、取返しのつかないレベルで人生を踏み外す哀しい展開…

…なのですが、観ているこちらとしては、芸者美代吉を演じる玉サマと、彼女とくされ縁でつながる情夫の仁左サマの艶っぽさにうっとりでした。
目先の快楽のことしか考えられない二人の浅薄さ、ワルさ、どうしようもなさもひっくるめて、ずっと観ていたいと思わせられるだだ漏れの魅力。こんなにも「いいぞもっとやれ」というフレーズが似合うイチャイチャぶりを、私は他に知らない。

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熱にうかされたようにのぼせあがった身体に、二月の夜気はピリッと鋭く…現実に引き戻されながらも、帰りの道中ではずっと、目に焼き付けた麗しい二人の姿を反芻しておりました。

2018年12月25日 (火)

十二月大歌舞伎~二つの阿古屋

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今年もたくさんの楽しい時間を過ごさせてもらった歌舞伎座。
去年に引き続き、今年も玉三郎丈に年納めの夢を見せていただこう、と夜の部を観てきました。

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今月の公演は変則で、壇浦兜軍記で玉三郎様が阿古屋を務めるAプロと、若手女形の梅枝さん、児太郎さんが日替わりで阿古屋に挑戦するBプロが、ほぼ2日おきに上演されていました。

長い間、「現在は玉三郎しか演じることが出来ない演目」とされてきた阿古屋琴責めの段。
映像では何度も目にしてきましたが、やっと今回、Aプロを鑑賞して念願がかないました。

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しかも奮発した1等席、生まれて初めて最前列で舞台にかじりつくことに…ポジション的に、ここは阿古屋が座る場所のすぐ近く…!と、定式幕が開く前から心臓が早鐘。

琴、三味線、胡弓を実際に演奏しながら、行方知れずの恋人を思う心情を表現する、という女形の大役。
詮議の場に引きずり出されて拷問されかける、というシチュエーションがすでに緊迫感に満ちているのですが、文字通りのかぶりつきで観てみてよくわかったことは、難役に挑む玉三郎丈を支える舞台上の人々にも、並々ならぬ気迫と緊張が張りつめていること。

客席の大勢の観客の視線ばかりか、共演の役者も、伴奏や長唄を合わせる奏者も、阿古屋の一挙手一投足に意識のすべてを向けている。
そんな重圧、並の神経では到底受け止められないと思うのですが、そこは女形の最高峰に立った方。琴や三味線の調べから、揺れる女心が伝わってくるようで…

「胡弓弾け、胡弓弾け」と命じられる頃には、いつしか堂々たる傾城の風格と誇りを取り戻し、水を打ったように静まり返る劇場内に咽び泣くギターソロ、じゃなかった、胡弓ソロが響き渡る。
ファン歴四半世紀以上、最接近遭遇した玉三郎丈は、さすがに重ねた年令を感じるところはありました…が、それ以上に、重ねてこられた修練の重み、厚み、尊さに胸打たれて、幕切れでは拍手しながら涙をこらえきれませんでした。

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すっかり歌舞伎座に馴染んだ中車さんの持ち味が活きた二人芝居「あんまと泥棒」、梅枝&児太郎の溌溂とかわいらしい「二人藤娘」を観て、夢見心地のまま帰路につきました。

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歌舞伎座タワー地下の木挽町広場では、金の星の代わりに鳳凰を頂いたツリーがお目見得。ちりめん細工のような和柄のオーナメントが凝っています。

後日、歌舞伎見物の初心に返って…という訳ではないですが、久しぶりに幕見席のチケットを求める行列に1時間並び、もう一度夜の部を鑑賞しました。

お目当ては、玉三郎様の指導を受けて大きな役に挑戦する、中村梅枝さんの阿古屋。玉三郎自身は、赤面の悪役である岩永左衛門を演じるというレアな配役も観ておきたくて。

4階の幕見席から観る舞台の図は、最前列とはもちろん異なる光景でしたが、歌舞伎座の良いところは、だからといって舞台の魅力が削がれるものではないこと。
むしろ引きの構図で観ることによって、計算された見せ場が一番美しく、一幅の絵そのものになる利点もあります。

Aプロの「二人藤娘」では、間近で顔中が汗でぐっしょりだったのが印象に残った梅枝さん。
玉三郎様の風格をひたすら崇めていた阿古屋とは、ちょっと違った心持ちがこちら側にはあったのですが…
なかなかどうして、教わったことを誠実になぞって努力されたことが、立派に舞台上で華開いていました。古風な風情のある梅枝さんに傾城の鬘や打掛は本当によく映えていて…

拝見した日が、梅枝さんにとっては阿古屋の楽日。でもこれは終りではなくて始まり、満場の拍手にはそんな期待もたくさん込められていたと思います。私ももちろんその思いでした。

2018年12月 6日 (木)

文楽鑑賞教室

気温がぐっと下がって冷たい雨がそぼ降る中を、久しぶりの国立劇場へ。

大人気で通常公演以上にチケット激戦の、文楽鑑賞教室をやっと観に行くことが出来ました。

観劇前のランチは、これまた長年行きたいと思っていた麹町のドーカンへ。

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平日の日中しか開いていないお店で、なかなか来られる機会がなく…次のチャンスもいつかはわからない、とあって、悩んだ末に「具だくさんスープセット」を注文しました。
しょうがをきかせた野菜たっぷりのスープが、滋味たっぷり。チキンのクリーム煮もやさしいお味で美味しかった!

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セットのデザートを変更して、プラムの赤ワイン煮とクリームチーズをのせたワッフルをお願いしました。
ドーカンのことを知ったのは、週刊文春のグラフでこのメニューが紹介されていたのがきっかけ。それも十数年前のこと(!)我ながら執念深い…
長年の片思いが実ったひととき、まさに「口福(こうふく)」でした。

ランチをご一緒した友達と別れて劇場へ。公演の趣旨が趣旨だけに、ふだんの文楽公演では見かけない制服姿の若者が客席を埋めていて、何だか新鮮でした。

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演目は、陽気な舞踊の「団子売」と、歌舞伎でも名高い「菅原伝授手習鑑」。合間に「文楽の魅力」と題された解説コーナーをはさみます。

解説付きの文楽鑑賞はこれまで何度も経験していますが、これまで伺ったレクチャーは人形の仕組みや遣い方についてのものが殆どでした。

なので、本当の舞台上で、浄瑠璃や三味線の語り分け、弾き分けの魅力を、技芸員さんの実演で教えてもらえたのは貴重でした。
改めてその技量の素晴らしさ(そして、透けて見える修練の尊さ)を実感することが出来ました。

そして実際の演目ですが、今回、前から4列目という席だったため、この頃肩と首の調子が悪い私、あまり頭を動かすことが出来ず…
いつもなら、床の太夫と三味線の姿も舞台と同様に視野に入れて楽しむのですが、右側を向くのが少々辛くて。必然的にがっつり、お人形たちを見据えて鑑賞しました。
(寺入りの段は、豊竹咲寿太夫さんの語り、敦澤友之助さんの三味線と、見目麗しい若手の競演で、もっと目に焼き付けたかったところだったのが悔やまれる)

自分が男児の母親になってから、大きな義のために我が子を犠牲にする、寺子屋のような演目の観方はそれまでとは同じでなくなってしまって。何度も目にしているのにやっぱり涙が抑えきれず。

今回、舞台に近いところでのめり込んで観察していたおかげで、場の中心になって動いている登場人物の脇で、じっと首を垂れている人形にも引き寄せられました。
辛い心情を思いやって、心から同情を寄せ、共に胸の内で泣いている…
その気持ちがひしひしと伝わって来たのが、殊更に印象的でした。
その間、人形遣いはまったく人形を動かしてはいないのに。

魔法って本当に目にすることが出来るんだ。文楽を観るといつも思わされることです。
鑑賞教室に「連れてこられた」若い人たちの中で、少しでも「また観たい」と思ってくれる人がいたらいいなあ、と切に願います。

2018年11月10日 (土)

日本美術展覧会

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「改組 新 第5回 日本美術展覧会」というのが正式名称ですが、「日展」という呼称の方が、よほど通りが良いかと思います。
本年度の日展に、昨年に引き続き義父の油彩画が入選したということで、めでたいめでたい…と親族一同で鑑賞してきました。

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会場は六本木の国立新美術館。近くで見つけたお店のランチタイムに滑り込み…本来おつまみメニューと思われる渦巻きソーセージに、息子はご満悦。

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館内は撮影可、彫刻作品の一部については、視覚障害者が直に触れて鑑賞することも出来るとのこと。
他にも日本画や工芸美術等、普段はなかなか目にする機会がない分野の芸術にじっくりと触れることが出来ました。

美大で油絵を学んだ後、一般企業に就職する道を選んだ義父が、様々な経緯の末に再び絵筆を取って、日展入選を果たしたのは還暦を過ぎてからのことでした。

その後、脳出血で倒れ身体が不自由になりながらも、利き手は無事だったということで、再びこの日展の出品作家になることが義父の大きな目標だったのです。
昨年、その夢が叶った時は、義父の努力はもちろんですが、支え続けた義母の苦労が報われたことが本当に嬉しかったです。

10月から始まったNHKの朝ドラ「まんぷく」に今、かなりはまっているのですが、要潤が演じている、どんな状況にあっても絵描きであることをやめられない主人公の義兄とその一家の描写は、時折身につまされるところがあります。

膨大な作品群を鑑賞しながら、1つ1つにそれが完成するまでの長い時間とドラマがあるのであろうなあ…と、思いを馳せた次第です。

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秋の日は釣瓶落とし、という言葉を実感する季節の到来。イルミネーションの季節も目の前。

2018年10月 8日 (月)

芸術祭十月大歌舞伎

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10月8日、体育の日に「十月大歌舞伎」夜の部を鑑賞。
祝日とあって、歌舞伎座の正面玄関には日の丸の旗がはためいていました。

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横断歩道を渡ったお向かいにあった、群馬県のアンテナショップ「ぐんまちゃん家」が移転して、こんなベーカリーが跡地に出来て大にぎわいでした。
いつの間にやら、都内はどこもかしこも「俺の」がついた店だらけ…俺の、俺の、って「タイガー&ドラゴン」を歌いたくなります(笑)

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今月の歌舞伎座は、十八世中村勘三郎七回忌追善の興行。ロビーでは遺影の前に香炉と花が手向けられていました。

訃報を聞いた時にお腹の中にいたわが家の息子も5歳になり、Eテレの「にほんごであそぼ」では、息子の勘九郎丈、孫の勘太郎くんに楽しませてもらっています。

新しくなった歌舞伎座に、この人が立つことはなかったという事実が未だに信じられないですが、それでも歌舞伎は続き、残された者たちは(舞台の上でも客席でも)今を生きている。思い出を抱きしめながら、前に進んでいる。
そのことをしみじみと感じた夜でした。

演目は

一、宮島のだんまり
二、義経千本桜 吉野山
三、助六曲輪初花桜

「だんまり」とは、舞台設定が"真っ暗闇"というお約束の下、登場人物たちが手探りで動いている様子をパントマイムのように演じる場面。
豪華な衣装で立ち並び見得をきる、役者の顔ぶれを楽しむ演目ですが、私、このだんまりを見るとどうしても、ドリフのコントを連想してしまう悪癖が…こみ上げる笑いをこらえながらの鑑賞になってしまいます。志村、後ろうしろー!

吉野山は、静御前の玉三郎様にひたすらウットリし、合間に(こら)勘九郎さん、素敵になったなあと親戚のおばちゃんモード発動。

今回、最大のお目当てだった仁左衛門様の助六は、期待を裏切らない格好良さでした。揚巻の大役に挑戦した七之助さんも品良く美しく。通人里暁の彌十郎さんが、空の上の勘三郎に語りかける趣向には涙腺が決壊…

そして、今回三つすべての演目に出演した巳之助丈の奮闘ぶりに、実は一番感動したのでした。1つ1つの所作に気持ちがこもっているのが伝わってきました。
本来なら、勘三郎の追善に最も奮闘したかったであろうお父上、三津五郎丈の代わりに…その思いが伝わってきて、三津五郎ファンの一人としても感激。

なくなったものがあれば、育っていくものもある。続いて行くことのありがたみを実感しつつ、しみじみと帰路につきました。

2018年9月24日 (月)

GOING TO A GO-GO

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私の人生のBGMに欠かせない、郷土の誇り(笑)クレイジーケンバンド。
昨年は結成20周年、今年はデビュー20周年と、お祝いモードが続いています。
一年前の赤レンガ倉庫前のスペシャルLIVEの記憶も鮮やかなうちに、今年は横浜アリーナで記念のLIVEがありました。

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この頃はコンサート会場に足を運んでも、物販エリアに足を向けることは滅多にないですが、レコードジャケット型のパッケージに魅かれ、久々にTシャツを購入。(すぐ開けて着てしまったけど…)

わが家の夫婦が結婚した年に結成されたCKB。メジャーシーンに登場した横山剣さんの音楽を愛聴するようになったのは、2002~3年頃のことだったと思います。

夫の転勤で遠く離れることになった横浜を、曲を通して懐かしんだりもしましたが、剣さんとの出会いで一番良かったことは、目の前の現実がイケてなかったら、妄想でいくらでも自分の気分はプロデュースできるんだ、ということを教わったこと。

音楽が、香りが、料理が、記憶が、いつだっていくらだって別世界にワープさせてくれる。
様々な名曲が伝えてくれたこのメッセージで、「自分のプロデューサーは自分」「自分のパトロンは自分」という考え方を身につけられたことは、本当によかった。

剣さん自身も、描いた夢と現実の生活の折り合いをつけながら、中年に差し掛かるまで様々な道を歩いて来た人。
曲の歌詞にも、見えないオーケストラが奏でるBGMで自分を鼓舞する、というくだりがありますが、今回のステージでは、スペシャルバージョンでオーケストラが登場!
管弦の響きをバックに歌い上げるバラードを聴きながら、夢が夢じゃなくなった時間を目の当たりにして、涙が抑えきれませんでした。

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ステージ後半では剣さんの愛車もステージに登場。バイクの排気音を轟かせながらこのスロープを駆け上ったり下ったり。

人生は気紛れ 思いも寄らぬ出来事に
心がとっちらかっても

それを楽しもう 予定通りじゃつまらない
なんとかなるだろう

トンネルを抜けた途端に
窓いっぱい海だよ

最新アルバム「GOING TO A GO-GO」で私が一番気に入っている曲「そうるとれいん」が演奏されなかったのはちょっと残念だったけれど、この歌やあの歌を口ずさみながら、私もまた歳月を重ねていきたいです。

2018年9月11日 (火)

没後50年 藤田嗣治展

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東京都美術館で開催中の「没後50年 藤田嗣治展」を観てきました(10月19日より京都へ巡回)。

画学生だった時代から、フランス人「レオナール・フジタ」となって没するまで。
画家の生涯を、年代ごとに並べられた画業と共に追っていくと、どんな才能を持った人でも、その人が生きた時代の、歴史のうねりと無縁ではいられないのだ、ということをひしひしと感じることが出来ました。

日本画を知っている私たちにとっては馴染み深くても、当時の西洋の人々にとっては、面相筆で描かれた細い輪郭線は、どれほどの超絶技巧として受け止められたことか…
有名な乳白色の下地の美しさと相まって、実物を間近に目にすることで改めて感服しました。

「ジュイ布」と呼ばれるフランス更紗をモチーフにした連作では、一昨年、18世紀の西洋更紗を集めたトワルドジュイ展を観た時のことが思い出され。猫たちを描いた絵の前では、アニメでもないのに鳴き声が聞こえてきそうな躍動感に口アングリ。

…そして、藤田の人生に決定的な楔を打ち込むことになる戦争画(展覧会では、あえて作戦記録画と表現していました)。
「アッツ島玉砕」の実物の前に立った時には、比喩でなく実際に、背筋がぞわりとしました。現実にはあり得ないほど折り重なった人、人、顔、顔。
もはや絵筆が勝手に熱狂して、戦場を舞台に神話の世界を「描いてしまった」ような。その絵の力がどのように人心に作用したか、容易に想像がつきます。

「私は、世界に日本人として生きたいと願う。それはまた、世界人として日本に生きることにもなるだろうとも思う。」

藤田嗣治自身が語ったこの言葉が、結局は実現されることがなかった史実を思うと、まったく、戦争なんてろくなもんじゃない…こんなに美しい絵をかける才能の持ち主でさえ、暗いつまずきと無縁でいられない。そのリアルの重みに圧倒された次第です。

小栗康平監督作、オダギリジョーが藤田嗣治を演じた映画「FOUJITA」を、またしっかりと見返したくなりました。

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鑑賞後、公園内をぶらぶらと国立西洋美術館まで歩き、カフェすいれんで遅いランチタイム。「ル・コルビュジェ ランチプレートセット」をいただきました。

パスタも煮込みハンバーグも美味しかったけれど、どこがコルビュジェか?と言われてもよくわからず…添えられたパンの角度あたりがポイントなのかな…?

2018年8月28日 (火)

カメラを止めるな!

※文中、映画の内容に関してネタバレはしていません※

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面白い、絶対に観た方がいい、でも何がどう面白いかはどうしても言えないんです…

という感想を、どれほど目にしたかわからなかった、2018年の夏。

ポスターに描かれた「最後まで席を立つな。この映画は二度はじまる。」というコピーを読めば、途中で何らかのどんでん返しが起きることは誰にでも予想がつくと思います。

かなり巷の話題になってからの鑑賞だったので、私も当然、そのような心構えで映画館に赴きました。
が、騙される用意は出来ていたのにも関わらず、やっぱり「こう来たか!こういう事か!」鮮やかなお手並みじゃありませんか~、とうれしくなってしまいました。

本来、ゾンビ映画も含む流血もの、バイオレント描写は大の苦手なのですが、うへぇぇとなりながらも観ただけの甲斐は十分にあった(笑)
パンデミックならぬ「ポンデミック」現象(語源は観ればわかる)がアツアツなのも、深く納得。

正直なところ、出演者達が今すぐAクラスのトップ俳優になれるかと言われればあやしいと思うし、監督さんも「次の一手」は大変だろうなあ、二度とこの手は使えないし…とも感じます。
ただ、この映画、様々な制約の中でもがきながら、1つの目標に向かってモノを作り上げていく過程にある(あった)人の心には、ど真ん中に刺さる主題を持っている。さんざん笑った大団円に、胸が熱くなる晴れ晴れとした感覚がある。
これほどまでに情熱的な「推し」の力が渦巻いたのは、その魅力なのだろうと思いました。

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この日は、朝から三宅坂の国立小劇場にて、長唄の杵屋勝四郎一門会を聴きに行っていました。

長年お稽古を続けているお友達のお友達が出演されるということで、時々お声がかかりお邪魔しています。
私達世代には懐かしい「イカ天」に、「THE家元」というバンドを組んで出演していた勝四郎さんも、もう還暦とは…
ジャニーズ事務所に所属していた息子さんも、杵屋勝四助の名前で出演。大トリで素踊りを披露された松本幸四郎丈も熱演。

終演は夜9時近くという長丁場の途中、中抜けして日比谷ミッドタウンで映画鑑賞をしてきた訳ですが、ゾンビと邦楽、という振り幅の大きな一日、面白い経験が出来ました。

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2018年8月17日 (金)

デザインあ展inTOKYO

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日本科学未来館で開催中の「デザインあ展」。親子でEテレの番組の大ファンなので、企画が発表された時から楽しみにしていました。

よく晴れて爽やかな風が吹いた一日、ゆりかもめでお台場の会場を目指すのも気分爽快!

お盆休みの期間だったこともあって、入場には整理券方式だったため、指定された時間まで常設展示を見ていたら、運良くアシモのデモンストレーションが始まりました!

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小さい頃から、行く先々でペッパー君に遊び相手になってもらっている息子は、お母さん何がそんなにうれしいの?という感じでクールな反応でしたが、軽やかな、小走りに近い二足歩行でアシモがステージに登場しただけで、「おぉ、未来…!!」と感動が胸に迫ってしまいました(笑)

「観察のへや」「体感のへや」「概念のへや」「体験コーナー」と、テーマ別にコーナーが構成されている今回の展覧会。
(細かい内容やコンセプトは、「ほぼ日」のこちらの特集でも詳しく紹介されています)

「人のあらゆる営みに、デザインは欠かせません」。だからこそ子どもの時からのデザイン教育が大切…という意図で作られている番組。
大人も、斬新な映像表現で、当たり前に目にしていたものを「これって、すばらしいデザイン!」と気づかされていますが、今回の展覧会でも様々な切り口で気づきを与えてもらいました。

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こちらは「つめられたもの」というタイトルの展示。ます寿司の食材の少なさをdisっている訳ではない(と思う)

番組内のコーナーさながらに、デッサンを実際にやってみることも出来ました(なぜ横から見ているのに正面のどーも君を描くのか…)

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今、息子が一番気に入っているコーナーが「もん」。
紋、つまり日本に伝わる家紋の描き方をひも解いていくのですが、おなじみの色々な形が、ぶんまわし(コンパス)と定規、つまり円と線だけですべて成り立っているというのが鳥肌もの。

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会場内では、4種類の紋について、わかりやすい説明付で実際に描いてみるコーナーがあり、やってみると単純なようで結構難しく(数学的なセンスが必要と思う)、時間が経つのがあっという間でした。

身のまわりに当たり前のように存在しているモノもコトも、デザイン、つまりは誰かの(何かの)「知恵」と「工夫」がそこに潜んでいるということ。

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そのことに思い至るとき、世界の見え方は確かに違ってくるなあ、ととても興奮した体験でした。

2018年8月 5日 (日)

トーハクの休日―「縄文」と「なりきり日本美術館」

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酷暑、という字面が本当によく似合う夏でした。
上野駅から汗を拭きふき、東京国立博物館を訪れました。息子5歳、トーハクデビューです。

当初の目的は、平成館で開催中の特別展「縄文―1万年の美の鼓動」を鑑賞することでしたが、もう一つのお目当てが…

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本館で夏休み期間に合わせて開催されている「トーハク×びじゅチューン!なりきり日本美術館」
息子は、本館の入口で見慣れたイラストを目にした瞬間「こっちからいく!」と譲らず…

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アーティストの井上涼さんが、古今東西の美術作品をアニメーションと共に歌で紹介する、NHKEテレの5分番組「びじゅチューン!」。 

親子で大好きなこの番組のコンセプトが、そのまま最新技術を駆使した体験型の展示になっているのですから、もう大人もワクワクが止まりません!

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菱川師宣の「見返り美人」に自分の動きをシンクロナイズドさせる展示「見返らなくてもほぼ美人」。

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「体感!ザパーンドプーン北斎」のコーナーでは、神奈川沖浪裏のあの大波を実物大(?)で体感することが出来ました。波の気持ちになって富士山にラブコールを叫ぶ試みもあり。

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顔はめパネルの未来形?「顔パフォーマー麗子」のコーナーで、岸田劉生の麗子像に同一化した息子…

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そして、これぞ東京国立博物館でこの企画が催されたポイント。会場を出たら、本物の北斎の浮世絵や麗子像が鑑賞できるのです。

北斎の描いた海のダイナミックさ、岸田劉生の描いた麗子の肩掛けの毛糸の質感…間近に鑑賞して圧倒されるものがありましたが、この作品からあのアニメと歌をたった一人で作りだす、井上さんの才能にも改めて舌を巻きました…
(なお、私の一番好きなびじゅチューンは、ある戦国時代の遺物をモチーフにした「噴火する背中」)

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その後、休憩をはさんで「縄文」も閉館時間ギリギリまで、しっかり観て回りました。
今回の展覧会とタイアップして、テレビなどで様々な特集が組まれたので、学校の勉強ではさらっと流してしまった、縄文時代に対する認識が改められました。

古代のローマやエジプトの歴史を学ぶ際に、「一方、日本じゃまだまだ縄文時代…」と、未開の時代のイメージで引き合いに出され、貶めてきた世代としては、ハッとさせられることも多く、反省も。

1万年もの長い長い時間、確かに続いていた人間の営み。土器や土偶に施された手仕事が、どれほど細かく、芸術的であるか。
教科書の写真では決して伝わらなかったことでした。
足るだけを得て自然の理の一部として生きる、狩猟採集生活が、「農耕社会に進化する手前の段階」という認識は、果たして正しいのだろうか…。

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火焔型土器のレプリカはさわり放題、という贅沢さ。でも、実際に煮炊きに使う土器をどれもこの形で作っていた、って、あの突起部はやっぱりおたま置き?など、妄想はあれこれふくらみ…
充実の一日を振り返りつつ、親子で「縄文土器先生」を歌いながらトーハクを後にしたのでした。「ここ、また来たいね!」と言ってくれた息子の言葉が嬉しかったです。

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