新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」
あの「風の谷のナウシカ」が新作歌舞伎になる。それも、ポピュラーなアニメの方でなく、あの映画とはまったく異なる筋立てで展開される原作漫画の方を、昼夜通しの舞台で完全上演。
この企画を目にした時から、2019年の私の日々はある意味、師走の新橋演舞場を目指して営まれていたといっても過言ではなかった。
それほど、純粋にわくわく期待に胸をはずませておりました。
配役が発表され、ヴィジュアルが公開され、無事にチケットを確保することが出来て、あとは気力体力充分に、この身を劇場に運ぶだけ!と早寝の支度をしていたところへ…
飛び込んできた、ナウシカを演じる尾上菊之助丈の舞台上での怪我、そして夜の部休演のニュース。
同行者と「明日、私達、どうなるの…?」と固唾をのんで情報を待っていましたが、その日のうちに上演の続行が発表されました。
すでにSNSで話題になっていた引幕のタペストリーを、実際に目にした時の感慨は、そんな経緯もあって本当に、胸に迫って言葉を失うほどのものでした…
ただでさえギリギリまで初上演の演出を模索していたのが、アクシデントによる変更でどれほどの修正を余儀なくされたことか。
メーヴェの宙乗りをはじめ、見られなかった演出があった観客の私達以上に、何倍も何十倍も、「見せられたはずのものを見せられなくなった」舞台の上の人達の口惜しさを思い…
…それでも、この幕を開けてくれてありがとう、腐海へ連れてきてくれてありがとう、と、心からの感謝で拍手を送りました。
昼の部、幕開けの口上で、この日昼夜通して獅子奮迅の尾上右近丈が、アクシデントによる演出変更を詫びたのち、「役者は皆、命がけで舞台を勤めます」と客席を見わたした時の眼光の凄まじい強さ。
鬼気迫る緊張感の膜の中で火花の熱が散るような、名場面の数々と共に、ずっと忘れられないと思います。
公演が始まる前の菊之助丈のコメントに「試行錯誤の連続ではありましたが、古典の力を信じ、精一杯勤めます」という一文がありました。
私がゆるぎなくこの試みを待ちわびていたのも、まさに歌舞伎の力を信じていたからで、その信頼はまったく裏切られることがなかったどころか、想像をはるかに上回る豊かな時間を過させてもらいました。
壮大な異世界の表現に「こんなことも出来ます、こんな方法もあります…昔からね」と、いくつも抽斗を開けてみせられる、その底力に心地よく翻弄されて、この芝居の誕生の目撃者となれたわが身の幸せを嚙みしめました。
多くの人が言及していることですが、再演はもちろんのこと、仮名手本忠臣蔵がそうであるように、一場だけでも繰り返し上演される息の長い古典になっていってほしいです。宮崎駿が描いた「人間の度し難さ」は、時代が進んでも(悲しいことに)不変だと思うから。その場限り消えていく肉体の芸術に賭ける、歌舞伎役者の情熱も。
夢だけど夢じゃなかった、証拠の品々は宝物。まだ販売が始まっていなかったブロマイドは、私の一週間後に観劇した夫に頼んで購入してもらいました。
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