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2018年11月26日 (月)

ボヘミアン・ラプソディ

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泣ける、泣けるという宣伝文句の煽りには醒めてしまう性質ですが、ラストシーンのライヴエイドのステージ、「伝説のチャンピオン」の歌声が流れる頃には、ボロボロと涙が溢れるのを抑えきれませんでした。

クイーンというバンドのオンリーワンの存在感、独特の作品群のパワーを気持ち良く再確認した時間でした。

ただでさえ凄いオリジナルを、更に神格化させていくために、この伝記映画が無かったことにした事実、抽出して濃密に表現した魅力、時系列を操作して作り上げたドラマ。
出演陣の熱演も演出の巧みさもあいまって、見事にその狙いに心を持って行かれました!

サッカーファンの端くれとしては、「ウィ・ウィル・ロック・ユー」と「伝説のチャンピオン」はもう、脊髄反射で泣けちゃうという面もあり。

主演のラミ・マレック、あの歯の再現力は強烈だった…けど、ブライアンやジョンに比べるとそっくりさん度に関しては正直、それほどでも?と思う。

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むしろ、短髪×ヒゲになる以前のフレディの場面は、若い頃の沢田研二に見えて仕方なかったのですが…どうですかね?

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もちろん、似てるか似てないかなんて些末なことで、インド系の若者がフレディ・マーキュリーという人間を作品のように作り上げていく、辛く長い心の旅路の表現は素晴らしかった。
メアリーへ指輪を贈る場面は思い出すだけで胸がキュンとなります…

という訳で、文字通り「胸を張って」(のけぞるほどに)生きることの価値をかみしめさせていただいた訳ですが、それと同じくらい、鑑賞後に頭をよぎったことは
「自分にとっては鮮明な記憶が、もう歴史の一場面になっている」
ああ、私も時代の証言者になるくらい年を重ねているんだ…という実感。

そして、
「渦中に生きている時は、物事の本質は理解できないもの」
ということでした。

MTV時代の始まりが、洋楽を聴き始める年頃と重なる世代の私。
「フラッシュ・ゴードン」あたりからはリアルタイムでクイーンを聴いてきたことになります。初期の名曲はタモリ倶楽部の「空耳アワー」の方で先に耳に馴染んでしまったものも(笑)

ボブ・ゲルドフの呼びかけで、英国でチャリティソングが作られ、アメリカで負けじと「ウィー・アー・ザ・ワールド」が生まれ、そこからのライヴエイド実現、という流れもよく覚えています。
自分にとっては体験した事実であることが、時間の波に洗われて、「語り継がれていく伝説」になっていくのは不思議な感じです。

そして、最初にAIDSという病がニュースになった時、通っていた学校(ミッションスクールだった)の教師は「これは神様が堕落した人間に与えた警告であり、罰である」と平気で口にしていたし、そういう言説を吸い込んで、恥ずかしながら当時の私も、偏見や勘違いと無縁ではありませんでした。
その時点では、座標軸が歪んでいること自体に気がつけなかった。私もフレディを鞭打つ側だったと、今なら、今ならわかるのだけど…

年を取っていくというのはこういうことか(フレディの享年もとっくに追い越したし…)と思う一方で、この映画の盛り上がりを紹介しながら、「ライヴエイドはね、AIDSで死期を悟ったフレディと、それを知った上で演奏する仲間の、最後のライヴがもう感動的だったんですよ!」…と、映画が改変した部分を真実として熱く語るコメンテーターなど見ていると、歴史は後から作られるものなのだなあ、とうすら寒さを覚えたり。

…そして、時間を超えてこんなにもライヴエイドのステージに注目しながら、結局、寄附でアフリカの飢餓は本当に救われたのか?そのことは話題にもしない私たちって…

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