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2018年9月11日 (火)

没後50年 藤田嗣治展

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東京都美術館で開催中の「没後50年 藤田嗣治展」を観てきました(10月19日より京都へ巡回)。

画学生だった時代から、フランス人「レオナール・フジタ」となって没するまで。
画家の生涯を、年代ごとに並べられた画業と共に追っていくと、どんな才能を持った人でも、その人が生きた時代の、歴史のうねりと無縁ではいられないのだ、ということをひしひしと感じることが出来ました。

日本画を知っている私たちにとっては馴染み深くても、当時の西洋の人々にとっては、面相筆で描かれた細い輪郭線は、どれほどの超絶技巧として受け止められたことか…
有名な乳白色の下地の美しさと相まって、実物を間近に目にすることで改めて感服しました。

「ジュイ布」と呼ばれるフランス更紗をモチーフにした連作では、一昨年、18世紀の西洋更紗を集めたトワルドジュイ展を観た時のことが思い出され。猫たちを描いた絵の前では、アニメでもないのに鳴き声が聞こえてきそうな躍動感に口アングリ。

…そして、藤田の人生に決定的な楔を打ち込むことになる戦争画(展覧会では、あえて作戦記録画と表現していました)。
「アッツ島玉砕」の実物の前に立った時には、比喩でなく実際に、背筋がぞわりとしました。現実にはあり得ないほど折り重なった人、人、顔、顔。
もはや絵筆が勝手に熱狂して、戦場を舞台に神話の世界を「描いてしまった」ような。その絵の力がどのように人心に作用したか、容易に想像がつきます。

「私は、世界に日本人として生きたいと願う。それはまた、世界人として日本に生きることにもなるだろうとも思う。」

藤田嗣治自身が語ったこの言葉が、結局は実現されることがなかった史実を思うと、まったく、戦争なんてろくなもんじゃない…こんなに美しい絵をかける才能の持ち主でさえ、暗いつまずきと無縁でいられない。そのリアルの重みに圧倒された次第です。

小栗康平監督作、オダギリジョーが藤田嗣治を演じた映画「FOUJITA」を、またしっかりと見返したくなりました。

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鑑賞後、公園内をぶらぶらと国立西洋美術館まで歩き、カフェすいれんで遅いランチタイム。「ル・コルビュジェ ランチプレートセット」をいただきました。

パスタも煮込みハンバーグも美味しかったけれど、どこがコルビュジェか?と言われてもよくわからず…添えられたパンの角度あたりがポイントなのかな…?

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