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2018年5月25日 (金)

君の名前で僕を呼んで

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十代の頃に封切られた「眺めのいい部屋」や「モーリス」といった作品群に陶酔していた世代としては、名監督ジェイムス・アイヴォリーがこの作品で、今年のアカデミー賞脚色賞を受賞した場面は、大変に感慨深いものでした。

御大自らはメガホンを取らなかったというものの、観た人が洩らす感想の「魅せられっぷり」にかつての自分が重なり、絶対に大きなスクリーンで観ようと決めていた作品です。

舞台は、1983年、北イタリアのある街。
大学教授の息子、17才のエリオと、父親の助手として6週間共に過ごすことになった大学院生、オリヴァーの「ひと夏の恋」が描かれる映画です。

画面いっぱいに広がるイタリアの自然、彼らが暮らす史跡のような石造りの邸宅、部屋の調度の隅々に至るまで、映画館に足を運んだ価値が十分にありました。

そして何より、エリオとオリヴァーの「時分の花」と表現する他ない、若さゆえの美しさ。

この場所、この時でなければ生まれなかった理想美の世界。
だからこそ、二人の関係は断ち切られ、幕切れのある物語として思い出の中に完結する。
切ない最後に胸をしめつけられながらも、そうじゃなくちゃね、と思わされるところが、耽美主義の極みというか。
若い時ゃ二度ない、という言葉の真実は、年を重ねた者ほど深く理解できる。今年90才になる脚本家の描く青春の眩しさ。
「映画芸術」という言葉にふさわしい、完成度の高い工芸品を愛でたような時間でした。

原作の小説は、作者の実体験ではない、と明言されているそうですが、映画には、老いたゲイカップルの片割れとして原作者がカメオ出演しています。

文学や音楽や美術のことばかりを考えて暮らす毎日。こんな経験があった後で、こんな言葉を語りかけてもらえたらどんなに救われるだろう、と思わせる父親の台詞。 (ちなみにお父さん役の人、シェイプ・オブ・ウォーターの時とは外見も役柄もまったく違っていて仰天しました)
そして、自分の名前でお互いを呼び合う、二人だけの秘密のサイン。俺があいつであいつが俺で…?

突き抜けた理想のように感じるこの夏の物語、つまりは
「こんな夏が、本当に自分の人生にあったら」
という、手に入れられなかった夢の具現化なのかも…?とも、感じました。
だからこそ、恋する気持に伴う痛みを知っている、万人の胸に刺さるのかも…と。

エリオを演じたティモシー・シャラメの、三か国語を自在に操りピアノを弾きこなし、繊細な感情表現を見事に演じる美少年ぶりは評判通りの見応え。
そして、「役柄に対して老けすぎ」と言う評も聞いたオリヴァーのアーミー・ハマーも、古典的な美男子ぶりが恋の顛末に説得力を持たせていたと思いました。
思いが通じ合った後の、エリオを見つめる表情の愛おし気なこと。
一生に一度でも、こんな眼差しで大好きな人に見守られたら、それだけで充分に人生を謳歌した、と言えるのではないでしょうか。

高級チョコレートを食べ過ぎて鼻血を出しそうな高揚感(どんな?笑)と共に映画館を後にし、私も生活が待つ現実の世界へと帰ったのでした。
(その後、猛烈に青池保子や摩夜峰央の漫画を読み耽りたくなった…)

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補足1)オスカー授賞式の際の、ジェイムズ・アイヴォリーが着ていたシャラメ君の顔イラスト入りシャツ。一見して「攻めてるなー!」と強く印象に残ったのですが、映画の終盤を観て「そういうちなみものだったのか?」と納得しました。

補足2)この映画、映像と同じくらい美意識に貫かれた音楽が最高で、オリジナル・サウンドトラック を聴いていると気分はすっかり真夏の北イタリア。80年代の坂本龍一の楽曲も入っています。サイケデリック・ファーズが懐かしかった…

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