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2017年3月

2017年3月19日 (日)

祝・4歳!食いだおれ三重の旅

3月19日、めでたく4歳の誕生日を迎えた息子。

いつまで記憶に残るかなぁ、という思いと、色々な料金が一人前にかかる前に…という打算を突き合わせた結果(笑) バースディプレゼントは、憧れの近鉄特急「しまかぜ」に乗せてやろう、ということになりました。

お天気にも恵まれた3連休、息子の春休みは伊勢志摩への家族旅行で幕開け。

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発売当日に夫がネットで座席を押さえ、短い区間ではありましたが、親の方も一度は乗ってみたかったゴージャスな観光特急に大興奮でした。
駅では、去年も乗った観光列車「つどい」と「しまかぜ」が居並ぶという状況に、息子のボルテージも最高潮!
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乗車後は、運転席の真後ろのガラス窓にべったりと鼻をくっつける勢いで幸せな時間を過ごした息子でした。
息子のお付き合いは夫に任せ、リュクスな座り心地のプレミアムシート(マッサージ機能付き!)は主に私が堪能しました。

転勤で約8年松阪市に住んでいた間は、「美し国(うましくに)三重」のキャッチフレーズどおり、あちらこちらにお気に入りの美味しいお店がありました。

今回の旅のテーマは、その「懐かしの味再訪」。
従妹が運転手役をかって出てくれたおかげで、伊勢のみならず津から松阪まで、「そこでしか味わえない」グルメ体験を楽しんできました。

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牛テール煮が絶品の焼肉屋さん「野崎」、ご近所で居心地の良い空間と時間を提供してくれた「cafe tomiyama」、心尽くしのデザートメニューにハズレ無しの喫茶店「レモンの木」。

時が流れてこちらの境遇には様々な変化があっても、変わらずに「待っててくれた!」と思えてしまう味ばかり、舌も心も幸せなひとときでした。

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全国の美味しいものが集まってくる首都圏ですが、席が空くのを待つ間、養殖場を見ながら過ごして食べる牡蠣、という贅沢は味わえません。
的矢牡蠣のシーズンしかお店を開けない「藤矢」の牡蠣丼(カキフライがかつ丼状態になっています)、息子と分け合うのが惜しかった(こらっ)!

ヅカ鑑賞の帰りに時間を作ってくださったmayさんや、かつての職場の同僚が集まってくれたりして、友達との再会も堪能できた三重の旅。

連休終了後も、私と息子は父の実家に引き続き滞在して、親戚にお世話になりながら春休みを満喫しました。

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人気のない小さな動物園でエサやり体験をしたり(リアル「三びきのやぎのがらがらどん」!)、田舎道でつくしを摘んだり。記憶のどこかに、この穏やかな春の日のことを大切にしまってほしいものです。

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2017年3月17日 (金)

皆勤賞

濃密な日々だったというべきか、私自身の脳の老化がなせる技か。
息子の幼稚園最初の1年間、カレンダーの日付には「え?もう3月?」と驚かされるのに、入園式の記憶は何だか、はるか遠くの出来事に思えます。

誕生日は春休み中にやって来るため、3才で年少の一年間を終えることになる息子。
お誕生会は2月生まれのお友達と合同で、一足早く皆にお祝いしてもらいました。
4月からずーっとずーっと、檀上でプレゼントをもらうお友達をうらやましく眺めていたらしく、待ち続けただけに喜びはひとしおだったようです。

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電車マニアの息子のために、担任の先生が一生懸命描いてくださったドクターイエローのバースデイカード。今のところ、将来の夢は「電車の運転手」さんだそうです。

子どもの頃、お互いに虚弱体質だった夫と私の遺伝子もどこ吹く風。
度重なるウイルスの流行にも負けず、息子は終業式に皆勤賞をいただくことが出来ました。よくがんばった!(私が)

息子はマイペースで、集団行動やタイムスケジュールに自分を合わせることをまったくしないタイプです。
運動会やおゆうぎ会の練習時期は毎朝「行きたくない!」の猛抗議、保護者面談の度に日頃の行状を聞かされ先生に平謝り、どこでどう遊べばこんなに制服のポケットに砂が溜まるんだ!と毎日気が遠くなりそうだったこと…思い起こせばいろいろ、大変だったよ…

そんな優等生には程遠い、文字通り「参加することに意義がある」幼稚園生活ですが、お友達とやさしい先生に囲まれる日々は、息子にたくさんの階段を上らせてくれました。

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秋の深まりとともに「線のアクションペインティング」状態から、形あるものを描けるようになってきたお絵描き。
右から「おかあさん、おとうさん、自分」そして周囲におじいちゃんおばあちゃんたち、だそうです。よきにつけ悪しきにつけ母の存在感はでかい、らしい(笑)

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読めるけど書けない、という状態だった文字にも、突然興味がわいてきたようですが、書き順の必要性を理解させるのに目下、一苦労…

朝、部屋から起き出してきた息子の姿を見て「こんな大きな男の子、うちにいたっけ?」と一瞬妙な感覚に襲われることがあります。
親から離れた自分の世界を広げて「どこでそんな言葉覚えた?」と驚かされたり。

初めて「下級生のおにいちゃん」という経験が始まる4月からの毎日では、さてどんな成長が見られますやら。ゆったりと、背中を見守っていくつもりです。

2017年3月10日 (金)

ラジオと私

昨年の秋から、自宅で細々と仕事を始めました。

内容はデータ入力がメインで、イマドキのフレーズを使えば「在宅テレワークで事務処理を請負っております」という感じになるのでしょうが、実感としては、要するに出来高制の「デジタル内職」です(笑)

頭をフル回転させるような場面はほとんど無くて、機械的に書類とパソコンに向きあって作業をしていくのですが、シンとした中だとかえって集中力が妨げられるタイプの私。
(試験勉強もラジカセを鳴らしながらやっていた…)

ふと思い出したのが、やはり家を職場にしているお友達が、BGM代わりにラジオを聞いている、と話していたこと。
東日本大震災の時、防災対策のつもりでダウンロードして、全然使う機会がなかったiPadのradikoを開き、たしかTBSラジオが面白いと言ってたなぁ、と、聞いてみたらこれが、確かに楽しい!
幼稚園へ息子を送って帰宅し、家事を済ませてパソコンデスクに向かうと同時に、ラジオを流すのが習慣になりました。いまやすっかり仕事のお伴に欠かせないものになっています。

音楽の合間におしゃべりが流れる、というのが定番スタイルのFM局と違って、パーソナリティーのおしゃべりが中心で、天気予報、ニュース、交通情報がこまめに入る日中のAMラジオの世界って、何だかとても「はたらく人の伴走者」という感じが強くて、温かい。

耳だけから入る情報で、こちらも意識の大半は自分の仕事の方に向けているのにも関わらず、テレビ番組を見ている時には感じたことがないような親和性の高さを、電波の向こう側に感じてしまうのです。
なぜなんだろう?
テレビショッピングではそんなことないのに、ラジオショッピングでおススメされるものはことごとく欲しくなっている自分が怖い(笑)←まだ買ったことはないです

まさか、自分が毒蝮三太夫の「汚ねぇ顔したババぁだなあ!」の毒舌を毎日楽しみに聞く日が来るとは。
「好き」の扉は人生のいたる所に隠されているなぁ、と実感させられているこの頃。

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もう何年も前、山口晃画伯のエッセイ漫画を読みたいばかりに入手した「BRUTUS」のラジオ特集。
文字では全然わからなかった「ミュージックプレゼント」のテーマ曲がリアルで聞けた時、「あぁ、アレが、コレか!!」と回路がつながった凄い快感がありました。

2017年3月 1日 (水)

メディアとうちの子

春は出会いと別れの季節、そしてテレビ番組の改編期。

日頃お世話になっているNHKのEテレでも、「おかあさんといっしょ」の歌のおにいさんが3月で卒業、というニュースが世の一部をざわつかせていました。

わが家の場合、息子の誕生に際し一冊だけ購入した育児書「0〜4歳わが子の発達に合わせた「語りかけ」育児 (サリー・ウォード)」の影響で、2歳になるまでは極力テレビ・DVDを見せないよう心がけていました。

ネット書店のユーザーレビューで評価が高かったことと、何より文中の豊富な挿し絵カットがとーってもかわいくて、見ていて飽きないということで選んだ本。

コミュニケーション能力を育てる上で、テレビ画面の光と色の刺激は赤ちゃんには強すぎて、音は何も聞いていない(=テレビから言葉は覚えられない)、というこの本の主張に納得したがゆえの「テレビは息子に隠れて見る」日々でした。

でも、それが実現出来たのは、息子が生後2ケ月から2歳半ばまで、日中はずっと保育園でお世話になっていたからこそ。
転居にともない、朝から晩まで子どもと二人きり、家で引っ越しの後始末もしなければいけない…
そんな生活が始まった途端に、あっという間に朝夕のEテレ、きかんしゃトーマスのDVD、タブレットで見るYouTube、そんな諸々が、どっと息子の生活に押し寄せてきたという(笑)

背に腹は代えられない、その言葉の重みを苦々しく噛み締めた次第でございます。

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去年の4月には、映画版のトーマスを観にシネコンデビューも果たしました。
子ども向け映画の上映時には、照明が完全には暗くならなかったり、座面が高くなるシートが貸し出されることなど、引率する立場になって初めて気づいたサービスが色々あります。

今でも、わが家では一応の線引きとして「テレビのリモコンを操作するのは大人だけ」という暗黙のルールが守られているものの、もっと見たい!vsもうおしまい!のバトルになることもしばしば。

私自身が筋金入りのテレビっ子だったので、息子の気持ちは痛いほどわかるだけに悩ましい。

そして、こういうせめぎあいが、やがてはゲーム、ネット、スマホと延々続いていくのか、と思うとげんなりします…

ちなみに、前述の「語りかけ育児」の本は子どもの月齢ごとに順を追って解説が書かれているのですが、満4歳をもって最終章となります。
出産前から読んでいた育児書から息子は今月で卒業となるわけで、しみじみ感慨深いです。

本の中で、赤ちゃんの頃は「じゃまなだけ」とされていたテレビも、成長につれ「こども番組は楽しめますし、ためになります。空想を刺激したり、現実には見られない自然のすばらしさを経験できます」という記述に変わってきました。
(ただし、日に1時間、大人と一緒に、との条件付き。私は当然、守れていない…)

何が正解か、これでよかったのか、どうしてあげるのが最善なのか。
明確な答えなど何も出せないまま、子どもは容赦なく大きくなってしまうのですが(そして絶対に後戻りは出来ないのですが)。

「こどもは生活の中のできごとすべてに対して、あなたの気持ちを感じ取ります。このことを決して忘れないでください。」

という、本の締めくくりに出て来た言葉を心に留めて…
気力も体力も衰えるばかりの自分が、ゆったりと笑顔で息子に向きあえるための道具として、上手にメディアを使いこなせればと、改めて思うこの頃です。

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そして母は、息子が幼稚園に行っている間にファーストデイ割引で「ラ・ラ・ランド」を観たのであった…

アカデミー賞授賞式はLIVEで観ていたのですが、あぁ下馬評通りだったのか、とテレビの前を離れて、数分後に戻ったら画面の中は大混乱!事態が呑み込めず、目を疑いました。

「俺たちに明日はない」のあの名カップルが、お年寄りを責めちゃ気の毒ですよ、みたいな扱いになってしまったのが一番腹立たしいというか、気の毒…

現実の世界で、憎しみや不安、恐怖が勢いを増している中、スクリーンの中ぐらいはこういう感じでいたいよね、という素直な気持ちと、このご時世にこんな青臭い夢物語に酔っていいのか?という自制心。

あの結果をもたらしたアカデミー会員の皆さんの心情って、この二つの間でゆれ動いたのではないかなぁ、と勝手に推察しました。

そして私は、往年の名作映画の数々が二重写しに見えるような、一粒で二度三度おいしいシーンの連続を大いに楽しみ、エマ・ストーンのクライマックスの熱唱と、畳みかけるように一気にラストシーンに収束していく最後の10分余の展開に、もう涙腺が決壊してしまいました。
「夢を見ていた。」というキャッチコピーの秀逸さが、鑑賞後じわじわと実感できて。私も2時間余り、本当に美しく切ない夢に浸らせてもらって、心が潤った実感が(笑)

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