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2014年11月21日 (金)

フラニーとズーイ

サリンジャーといえば「ライ麦畑でつかまえて」が最も知られた代表作だと思いますが、私が最初に出会った著作は短編集「ナイン・ストーリーズ」でした。

高校生の頃、愛読していた雑誌「オリーヴ」で紹介されていたのがきっかけだったと記憶しています。
冒頭の作品「バナナフィッシュにうってつけの日」でもう、ガーンと気持ちをわしづかみにされて、夢中になって読みました。
その後、当然のように手に取ったのが、同じ作者による「フラニーとゾーイー」でした。

それから四半世紀近い月日が流れ…
引っ越しの度に本棚の整理をして蔵書を減らしてきた中、今も大切に持ち続けている青春の一冊です。

もう、手に取って読み返すこともないのに、なぜか手放せないでいるこの作品が、村上春樹による新訳!しかもいきなり文庫で出版!…と、書店で賑やかに平積みされていたのが、今年の春のこと。

その時購入してみたものの、忙しさになかなか読む時間が作れず…
読書の秋も終わろうとする今頃になって、やっと読了しました。

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村上版新訳では「Zooey」は「ズーイ」と標記されています

あらすじをざっくりまとめれば、「フラニー」は週末のデートが台無しになる話、「ズーイ」はその後日譚で、打ちひしがれた妹を励ます兄の話。その二篇で「フラニーとズーイ」という一冊になっています。
とても限られた空間の、数十分の出来事の中に、主人公達が交わす膨大な言葉と意識の流れが濃密に詰め込まれて、その読み応えが懐かしかったです。

誰もがどうしようもなく心の中に飼っているエゴ。その取扱い方に戸惑い、いらだち、やり場のない怒りで周囲も自らも傷つけずにいられない…そんなフラニーの姿にすんなりと自分を重ね合わせていた、十代の頃が鮮やかに甦りました。

そして、当時よりは人生の経験を重ねて、繊細さと引き替えに図太さを手に入れ、フラニーの母親世代に近くなった私にも(笑)
「ズーイ」の終盤に突然訪れる、やさしさと光明に満ちた幕切れは充分に感動的で、初めて出会った時と同様、胸に染み入るものでした。

かつて足繁く書店に通っていた頃の品揃えに比べると、最近の文庫コーナーは本当に様変わりしたものだと思います。
転勤で引っ越しを経験した際、蔵書の扱いに辟易して、もう本はなるべく増やすまい…と図書館派になりました。
でも、この頃は絶版、品切れになるサイクルもとても早くなっていて、うかつに手放すと入手困難になるかも?というのが悩みどころ。

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先日あとむちゃんから「鳥獣戯画展」のお土産にいただいたブックカバー。文庫本ならではの魅力はこんな楽しみ方にもありますよね。学生時代は、文庫にかけてくれるカバーのデザインが、どの書店で買うかの決め手だったりしたものです。

本の読まれ方もどんどん変化している中、(あれもこれも春樹訳か…と、チラリとよぎる思いは別にして・笑)自分にとって思い出深い作品が再び脚光を浴びて、それをきっかけに再読できたのはありがたいことでした。

一冊の本に、時間を超えて出会うことで印象を新たにしたり、記憶を呼び覚まされたり。
そんな体験も読書の喜びの一つ。
本はどもだち、という言葉は本当なんだなと、改めて気づかされた次第。

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