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2012年3月28日 (水)

高野聖

110328kyoka
シネマ歌舞伎「坂東玉三郎 泉鏡花 抄」三部作。コンプリートを目指して、最後に「高野聖」を鑑賞してきました。

前二作の「天守物語」も「海神別荘」も“幻想美”という表現がぴったりの世界です。
純粋で汚れを知らない異界の者たちがあまりにきれいで、人間よりも、もののけ達の側についつい心を寄せながら観ていました。

修業中の僧が、迷い込んだ山の中で魔性の女性と出会う…という「高野聖」は、少し趣きが違います。

原作を読んだときも、蛇やら蛭やらヒキガエルやら蝙蝠やら、やたらとキモチ悪い生きものが登場するお話だなぁ、という印象が強かったのですが(;;;´Д`)
今回の映画でも、山道の野外ロケや特殊効果などを使って、中村獅童さん演じる僧の不気味な体験が描かれます。

背中がぞわぞわするような気味悪さを次々に味わった後で、絞り染めの青い浴衣をまとった玉三郎さま演じる「女」が登場した時は、その美しさに救われる気がしました。
ベタベタ粘ついたイヤな気分を、さっと洗い流して清めてもらえるような…

(そういえば、この物語の肝の部分も、淵の水で体を洗う僧と女との“混浴”場面です。よく考えたらおじさん二人なんだ…というのが信じられないくらい、妖艶でした。)

実は、女は魔性の力で、自分の色香に迷った男たちをけだものの姿に変えていたのでした。

煩悩に打ち勝ち、また人里離れた山奥で、白痴のような夫を世話して暮す女の境遇に同情を寄せた僧は、難を逃れて再び、旅立ちます。
ずっと、このもののけさん達を観ていたい…と思わせる前二作と違い、僧が読経の声と共に去っていくラストシーンでは、思わずホッとしました。

同じ異界の者でありながら、美しく超越的な存在というのとは少し違って、むしろ俗世の決まりごとに縛られながら、魔力に頼って生き延びなければならない。
もの哀しささえ感じる女の寂しさが胸に迫りました。

終盤、女の背負った運命を僧に種明かしする親仁(老人)役の中村歌六さん。長台詞に何ともいえない深い味わいがあり、物語の世界が浄化されるようで、とてもよかったです。

このお芝居には、ストーリーの展開上、馬や猿など色々な動物が登場します。
歌舞伎には色々と動物が登場するお芝居があって、人がちゃんと乗れるお馬さんなどを観ると、
「よく出来てるなぁ~、かわいい~」
と私はいつも感心してしまうのですが(足になる役者さんは大変ですよね)、海外公演ではこの馬が登場した瞬間、客席が爆笑の渦になったこともあるのだとか…
コントと解釈された、ということでしょうか(泣)

映画に出てきた馬や猿は、ちゃんと「中の人」の感情表現を見事に演じていました。
実写を取り入れ、観客を入れない舞台を映画のためだけに撮影した今回の作品でも、馬は歌舞伎仕様だったのが面白く、また満足でした。

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コメント

この映画評もおもしろく、よくできていますね!
映画の情景が目の前に浮かび上がるようです。
言葉の選び方がうまいなあと思うんです。
それも、とくべつ凝った言葉ではなく、ごく普通の言葉です。

原作も以前に読んでおられたんですね。
私も読みたくなりました。
でも最近、こういう明治時代の小説って、文庫本でも廃刊になってることが多いですよね。
図書館で借りないと手に入らないでしょうか。

>1go1exさん

いつも高評価をいただいて、ありがとうございます。自分なりに、感じたことをそのまま、読んでくださる方にもわかっていただけるブログでありたいと頭をひねっているので、とってもうれしいです。

原作は短い小説なんですよね。たしか文庫で読んだ記憶があるのですが・・・確かに、いつでも書店に並んでいると思っていた古典が絶版になっていることが多くなって、驚かされます。

鏡花の小説では、実は幻想美どころか、かなり俗っぽい「婦系図」が一番好きだったりします(笑)

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