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2012年3月17日 (土)

苦海浄土

今日の新聞の一面に「原発防災 30キロ圏決定」という大きな見出しの記事がありました。

島根原発を中心に30キロの円を描く地図には、出雲や、私たちの暮らす米子も登場します。
「安定ヨウ素剤」とか、「緊急防護措置準備区域」とか、今まで縁のなかった言葉が、にわかに存在感を増してきます。

テレビで、原発事故の影響でひどい理不尽に耐えている福島の人たちを見る。この人たちに何の罪もないだろうに、と思う。
お金の動きが複雑な仕組みで絡まって広がっているこの社会では、「因果応報」のかたちもとんでもなくややこしくて、原因を作った側は守られ、悲惨な結果だけが思いもよらないところで頭から降ってきたりする…

少し前に読んだ、石牟礼道子さんの「苦海浄土」のことを、何度も思い出します。

米原万里さんの「打ちのめされるようなすごい本」というタイトルの書評本がありますが、読む者に憑く、と巻末の解説にあったとおり、本当に「打ちのめされる」すごい読書体験でした。
元々は、高校生の頃、何のきっかけだったか忘れたものの、社会科の先生が「おすすめの一冊」として紹介していたのを四半世紀近く(!)頭の片隅にひっかけていたのです。

「水俣病事件は、わたしにとっては<わたくしごと>の一部にすぎない。<わたくしごと>の一部をもって、公け事の陰影の中に入るのみである。」

熊本の一主婦だった著者が、公害の犠牲になった患者たちに寄り添いながら、40年をかけて書きあげた三部作です。

読んでいて、怖ろしさに何度も背筋が震えました。教科書で公害事件を習ったとき、誰もこんな風には教えてくれなかった、と。

患者たちは、お金で口を封じられる。工場に依存している地元は、企業の味方をする。見舞金をもらったことで、近隣から妬まれる。色々な第三者が「運動」に関わってくる中で、患者たちは立場を違えて分裂していく…

世の中が「便利」や「発展」を目指して大きく歪む時に、一番弱い層からは必ず犠牲が出るのか、それが人間の業なのでしょうか。
同じ公式が繰り返されていく中で、私も、加害者の側であることからは逃れられない。

私が読んだのは、三部作をまとめた河出の「世界文学全集」版です。二段組756ページ。いつものショルダーバッグに入れて持ち歩いたら、重さで肩を痛めました(!)

それでも、のめり込んで毎日読み続けたのは、長い間どうしても忘れられなかった先生の言葉、

「こんなに美しい日本語を読んだことがない」

というのを、私も実感していたからです。私にとっては、読めてよかった、と心から思えた一冊でした。

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

 石牟礼さんは巫女ではないかと思います。先生のおっしゃる通りの「美しい日本語」で綴られたこの本は、単に告発の本であるのにとどまらず、読む者の心の中に深く深く錘を下し、その時々にひょいと姿を現しては、私たちの「今」を異なる方角から見せてくれます。
 美しい日本語、それは、深くかつ的確に物事を考え、その思いに対してもっとも適切な表現を使うすべを知る者によって綴られます。
 この本の中には、人間として決して許されないことを平然と行い、かつそれを長期間にわたってごまかす人間、金に目がくらんで学者としての節操を売り渡す人間のような醜い人々と並んで、病に侵されながらも人間としての尊厳を凛として守る人、患者に寄り添い、偏見と迫害に耐えながら生きていくという道を選びとった人が出てきます。
 身が震える思いで読んだ本です。
 思い出させていただき感謝いたします。

>まろさん

先日もNHKが石牟礼さんの特集をしていましたね。本に書かれた昭和30年、40年代の出来事に、あまりにも「今」の現実がたやすく重ね合わせられることに、戦慄を覚えました。
チッソや行政のやってきたこと以上に、患者たちに対して水俣市民のとった姿勢が衝撃でした。顔や名前のない一般大衆のエゴは、今も昔も変わらず酷いというか、まったく人間というのは度し難いものですね。
一方、不知火沿岸の漁民が、海のそばで送っていた豊かな暮らしをあの文章で読むと、被災地の「高台移転」という言葉も、どこか切なく響いてしまいます。

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