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2017年3月10日 (金)

ラジオと私

昨年の秋から、自宅で細々と仕事を始めました。

内容はデータ入力がメインで、イマドキのフレーズを使えば「在宅テレワークで事務処理を請負っております」という感じになるのでしょうが、実感としては、要するに出来高制の「デジタル内職」です(笑)

頭をフル回転させるような場面はほとんど無くて、機械的に書類とパソコンに向きあって作業をしていくのですが、シンとした中だとかえって集中力が妨げられるタイプの私。
(試験勉強もラジカセを鳴らしながらやっていた…)

ふと思い出したのが、やはり家を職場にしているお友達が、BGM代わりにラジオを聞いている、と話していたこと。
東日本大震災の時、防災対策のつもりでダウンロードして、全然使う機会がなかったiPadのradikoを開き、たしかTBSラジオが面白いと言ってたなぁ、と、聞いてみたらこれが、確かに楽しい!
幼稚園へ息子を送って帰宅し、家事を済ませてパソコンデスクに向かうと同時に、ラジオを流すのが習慣になりました。いまやすっかり仕事のお伴に欠かせないものになっています。

音楽の合間におしゃべりが流れる、というのが定番スタイルのFM局と違って、パーソナリティーのおしゃべりが中心で、天気予報、ニュース、交通情報がこまめに入る日中のAMラジオの世界って、何だかとても「はたらく人の伴走者」という感じが強くて、温かい。

耳だけから入る情報で、こちらも意識の大半は自分の仕事の方に向けているのにも関わらず、テレビ番組を見ている時には感じたことがないような親和性の高さを、電波の向こう側に感じてしまうのです。
なぜなんだろう?
テレビショッピングではそんなことないのに、ラジオショッピングでおススメされるものはことごとく欲しくなっている自分が怖い(笑)←まだ買ったことはないです

まさか、自分が毒蝮三太夫の「汚ねぇ顔したババぁだなあ!」の毒舌を毎日楽しみに聞く日が来るとは。
「好き」の扉は人生のいたる所に隠されているなぁ、と実感させられているこの頃。

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もう何年も前、山口晃画伯のエッセイ漫画を読みたいばかりに入手した「BRUTUS」のラジオ特集。
文字では全然わからなかった「ミュージックプレゼント」のテーマ曲がリアルで聞けた時、「あぁ、アレが、コレか!!」と回路がつながった凄い快感がありました。

2017年3月 1日 (水)

メディアとうちの子

春は出会いと別れの季節、そしてテレビ番組の改編期。

日頃お世話になっているNHKのEテレでも、「おかあさんといっしょ」の歌のおにいさんが3月で卒業、というニュースが世の一部をざわつかせていました。

わが家の場合、息子の誕生に際し一冊だけ購入した育児書「0〜4歳わが子の発達に合わせた「語りかけ」育児 (サリー・ウォード)」の影響で、2歳になるまでは極力テレビ・DVDを見せないよう心がけていました。

ネット書店のユーザーレビューで評価が高かったことと、何より文中の豊富な挿し絵カットがとーってもかわいくて、見ていて飽きないということで選んだ本。

コミュニケーション能力を育てる上で、テレビ画面の光と色の刺激は赤ちゃんには強すぎて、音は何も聞いていない(=テレビから言葉は覚えられない)、というこの本の主張に納得したがゆえの「テレビは息子に隠れて見る」日々でした。

でも、それが実現出来たのは、息子が生後2ケ月から2歳半ばまで、日中はずっと保育園でお世話になっていたからこそ。
転居にともない、朝から晩まで子どもと二人きり、家で引っ越しの後始末もしなければいけない…
そんな生活が始まった途端に、あっという間に朝夕のEテレ、きかんしゃトーマスのDVD、タブレットで見るYouTube、そんな諸々が、どっと息子の生活に押し寄せてきたという(笑)

背に腹は代えられない、その言葉の重みを苦々しく噛み締めた次第でございます。

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去年の4月には、映画版のトーマスを観にシネコンデビューも果たしました。
子ども向け映画の上映時には、照明が完全には暗くならなかったり、座面が高くなるシートが貸し出されることなど、引率する立場になって初めて気づいたサービスが色々あります。

今でも、わが家では一応の線引きとして「テレビのリモコンを操作するのは大人だけ」という暗黙のルールが守られているものの、もっと見たい!vsもうおしまい!のバトルになることもしばしば。

私自身が筋金入りのテレビっ子だったので、息子の気持ちは痛いほどわかるだけに悩ましい。

そして、こういうせめぎあいが、やがてはゲーム、ネット、スマホと延々続いていくのか、と思うとげんなりします…

ちなみに、前述の「語りかけ育児」の本は子どもの月齢ごとに順を追って解説が書かれているのですが、満4歳をもって最終章となります。
出産前から読んでいた育児書から息子は今月で卒業となるわけで、しみじみ感慨深いです。

本の中で、赤ちゃんの頃は「じゃまなだけ」とされていたテレビも、成長につれ「こども番組は楽しめますし、ためになります。空想を刺激したり、現実には見られない自然のすばらしさを経験できます」という記述に変わってきました。
(ただし、日に1時間、大人と一緒に、との条件付き。私は当然、守れていない…)

何が正解か、これでよかったのか、どうしてあげるのが最善なのか。
明確な答えなど何も出せないまま、子どもは容赦なく大きくなってしまうのですが(そして絶対に後戻りは出来ないのですが)。

「こどもは生活の中のできごとすべてに対して、あなたの気持ちを感じ取ります。このことを決して忘れないでください。」

という、本の締めくくりに出て来た言葉を心に留めて…
気力も体力も衰えるばかりの自分が、ゆったりと笑顔で息子に向きあえるための道具として、上手にメディアを使いこなせればと、改めて思うこの頃です。

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そして母は、息子が幼稚園に行っている間にファーストデイ割引で「ラ・ラ・ランド」を観たのであった…

アカデミー賞授賞式はLIVEで観ていたのですが、あぁ下馬評通りだったのか、とテレビの前を離れて、数分後に戻ったら画面の中は大混乱!事態が呑み込めず、目を疑いました。

「俺たちに明日はない」のあの名カップルが、お年寄りを責めちゃ気の毒ですよ、みたいな扱いになってしまったのが一番腹立たしいというか、気の毒…

現実の世界で、憎しみや不安、恐怖が勢いを増している中、スクリーンの中ぐらいはこういう感じでいたいよね、という素直な気持ちと、このご時世にこんな青臭い夢物語に酔っていいのか?という自制心。

あの結果をもたらしたアカデミー会員の皆さんの心情って、この二つの間でゆれ動いたのではないかなぁ、と勝手に推察しました。

そして私は、往年の名作映画の数々が二重写しに見えるような、一粒で二度三度おいしいシーンの連続を大いに楽しみ、エマ・ストーンのクライマックスの熱唱と、畳みかけるように一気にラストシーンに収束していく最後の10分余の展開に、もう涙腺が決壊してしまいました。
「夢を見ていた。」というキャッチコピーの秀逸さが、鑑賞後じわじわと実感できて。私も2時間余り、本当に美しく切ない夢に浸らせてもらって、心が潤った実感が(笑)

2017年2月22日 (水)

ティツィアーノとヴェネツィア派展

友達からの嬉しいお声がけで、久しぶりに上野の東京都美術館へ足を運んで来ました。

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お目当の展覧会は「ティツィアーノとヴェネツィア派展」。

鑑賞の前に、久しぶりの再会を祝して、美術館内のレストラン「IVORY」でランチを。
優雅な静けさと明るい清潔感のある空間で、ゆったりとおしゃべりも食事も楽しむことが出来ました。
メインに選んだ舌平目も、ブランチコースに追加オーダーしたデザートのモンブラン(レモン風味!)も、美味しいねえ…と二人してしみじみ、声に出さずにはいられませんでした(笑)

約1年ぶりの再会で、話は尽きることがなかったのですが、今日の目的を忘れちゃいけない、と展示室へ。

15~16世紀のヴェネツィアの円熟期に描かれた絵画の数々。
期間と地域を限定して、主題ごとに整理された展示内容だったので、同時代の画家たちの中でいかにティツィアーノの画力が群を抜いていたか…
「画家の王」と呼ばれるに至ったその凄さが、素人目にもよく伝わってきました。

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館内に掲示してあったのを読んだらとても充実した内容で、係の方にお願いして分けていただいたジュニアガイド。
「本来はお子様のみの配布ですが、部数に余裕がありますので…」とのコメント付でいただきました。

思えば、都美術館は去年春の若冲展を観に来て以来。
美術館前に出来た長蛇の列に、熱中症対策の給水所まで出来ていた状況を思い出すと、なんと今回は贅沢に絵と向きあえたことか(苦笑)

若冲展で思い出すこと。行列に並んでいた時に、近くで高齢の男性が体調を崩してしまったようで、館内から係の方が飛んで来るのを目にしました。

用意された車椅子で館内に移動していく際、私たちの横を通り過ぎたので、意識ははっきりしていた男性が

「連絡する家族はおりません。私は一人です」

と、大きな声で受け応えする声が否応なく耳に飛び込んできました。
私は一人です、というその言葉が、何だか胸に刺さってしまって、今でも記憶に残っています。

年を重ねた先に、それは私にも待っている行く末かも知れず。
きれいなものを観に来るのでもとにかく健康第一、体力一番なのだなぁ…と、妙にしみじみしてしまった出来事でした。(でも、美しいものと出会う感動はきっと、寿命を延ばしてくれそうに思います!)

2017年2月12日 (日)

二月文楽公演 曾根崎心中

昨年の今頃、毎週の放送を待ち焦がれて楽しみに見ていたNHKドラマ「ちかえもん」。

松尾スズキ演じる近松門左衛門の「曾根崎心中」誕生秘話…という名目で、元禄の世の登場人物が劇中で70年代フォークを歌う、という破天荒な演出。
そんなアホな、と笑わされていると、突然

「なんで皆、あないに息苦しい生き方せんならんのやろ…。己の生き方貫いてるようでいて、結局世の仕組みにがんじがらめにされとるだけや。」

と、時代物の芝居を楽しむ上で理解に欠かせない、封建制の価値観に縛られた当時の人々のしんどさがズバリ言い表されハッとしたり。色々な意味でたまらない面白さと深みがありました。
その後、芸術祭優秀賞や向田邦子賞などを受賞したのも納得です。

ただでさえ人気の高い演目が、ドラマ効果もあり、昨年の公演ではチケット瞬殺…
そしてこの2月公演は、国立劇場開場50周年記念で「近松名作集」の三部制。やっとやっと、念願かなってちかえもんの(違)曾根崎心中を生の舞台で観ることが出来ました。

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1等席の割にはかなり後方で、手代徳兵衛が心中の覚悟を確かめあうため、縁の下で遊女お初の素足を喉元に押し当てる、という有名なシーンは「足…あし?どこだ?」となってしまったのがちょっと残念…
視力の衰えを素直に自覚し、これからはオペラグラスを調達します…

文楽は、人形、太夫の浄瑠璃、三味線の三業が絡み合い、観る者を異界に誘ってくれる芸能ですが、今回は特に、死に場所と定めた天神森へ連れだって行く二人に重なる三味線の音色がドキドキ、胸の動悸を伴奏しているみたいに聴こえて、強烈な印象でした。

絶命の瞬間の一歩手前、徳兵衛がお初に刃をかざすところで幕切れとなりましたが、もう逃れようもなく定まってしまった二人の運命が切なく…

「死んで物言えん二人の思いを浄瑠璃で伝えて何が悪いんや!」

という、ドラマの中での近松の絶叫が脳裏によぎりました。

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Eテレ「ピタゴラスイッチ」の名物コーナーでも、最近お人形と若手人形遣いさん達が登場。ぐるぐるぐる、ぐるぐるぐる、と体操する姿、本当に愛らしいです!

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